TRENDIA CLASSIC

新・水滸伝

吉川英治

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序曲、百八の星、人間界に宿命すること

頃は、今から九百年前。――中華の黄土大陸は大宋国といって、首都を河南省の開封東京にさだめ、宋朝歴代の王業は、四代の仁宗皇帝につがれていた。

その嘉祐三年の三月三日のことである。

天子は、紫宸殿に出御して、この日、公卿百官の朝賀を嘉せられた。そしてはや、楽府の仙楽と満庭の万歳のうちに式を終って、今しも袞龍錦衣のお人影が、侍座の玉簪や、侍従の花冠と共に珠の椅子をお立ちあらんと見えたときであった。

「あ、陛下。しばしのほど」

列を離れて出た宰相の趙哲、参議の文彦博のふたりが、帝座に伏して奏上した。

「お願いにござりまする。――いにしえから、今日の上巳ノ祝節(節句)には、桃花の流れにみそぎして、官民のわかちなく、和楽を共に、大いに愉しみ遊ぶ日とされております。ねがわくば、この佳き日にあたって、下々へも、ご仁政の実をおしめしたまわらば、宋朝の栄えは、万代だろうとおもわれますが」

仁宗皇帝は、ふと、ふしんなお顔をされた。

「なに。こんなよい日和なのに、人民は、何も愉しめずにいるというのか」

「さればで――」と、両名はさらに九拝して。「ここ数年、五穀のみのりも思わしくありません。加うるに、この春は、天下に悪疫が流行し、江南江北も、東西二京も、病臭に埋まっております。家々は飢えにみち、病屍は道に捨てられてかえりみられず、夜は群盗のおののきに明かすという有様でございますから」

「ふうん。そんなにひどいのか」

「そこで、検非違使の包待制のごときは、施薬院の医吏をはげまし、また、自分の俸給まで投げだして、必死な救済にあたっておりますが、いかんせん、疫痢の猖獗にはかてません。このぶんでは、地上の人間の半分は、死ぬだろうと恐れられておりまする」

「それは、ゆゆしい事ではないか。さっそく、天下の諸寺院に令して大祈祷をさせねばならん」

国土の患いでも、一身の乱でも、なにか大事にたちいたると、すぐ、加持祈祷へ頼むところは、わが朝の藤原時代の権門とも、まったく同じ風習だった。いや、それが文明社会に近づきつつまだ文明にほど遠かった当時の人智だったというしかない。

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