日本名婦伝
本文約11,100字 ・ 読了時間 約23分
あらすじ(AIが作成しました)
源義経は、兄頼朝との誤解や対立に悩みつつ、鎌倉幕府の冷徹な政治勢力から疎外されていく。叔父である行家の追討を拒絶したことで義経は頼朝の怒りを買い、都を追われて流転の旅に出る。同行する妻の静は、義経への深い愛情と忠誠を貫き、困難な状況下でも誇り高く生き抜く。本作は、情熱ゆえに孤立を深める武人と、その愛に殉じようとする薄幸の女性の悲劇的な運命を描く。
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一
義経はもろ肌を脱いで、小冠者に、背なかの灸をすえさせていた。
やや離れて、広縁をうしろにし、じっと、先刻から手をつかえているのは、夫人の静の前であった。
八月の真昼である。
六条室町の町中とは思えぬほど、館は木々に囲まれている。照り映える青葉の色と匂いに室内も染りそうだった。
――が、静にとって、気になるのは、二十九という良人の若い肉体まで、そのせいか翡翠を削ったように蒼く見えることだった。
「…………」
蝉の声ばかりであった。小冠者は細心に、主君の肌へ火を点じていた。
義経は、熱いともいわず、身もだえ一つしなかった。けれど、見ている静のほうが、その一火一火に、骨のしんまで灸かれるような怺えに締めつけられていた。
(――お熱くはないのかしら)
と疑うように、小冠者はそっと、主君の肩ごしにその顔をのぞいてみた。
やはり彼とて熱いには違いない。義経は、眼をふさぎ、奥歯をかんで、鼻腔でつよい息をしていた。
――と。ふいに、義経は、
「静」
と振向いて、さっきから返辞を待っている妻へ、こう云った。
「通せ、景季を。――会ってやろう」
「えっ……。では、お心を取直して」
「そなたにも、また家臣たちにも、そう心配かけてはすむまい。……今は何事も忍の一字が護符よ。この九郎さえ忍びきればお許らの心も休まろう。――通せ、ここでよい。義経が仮病でないことも、景季の眼に見せてくりょう」
二
宇治川の合戦に、名馬摺墨に乗って聞えを取り、その後、頼朝にもお覚えのよい梶原景季であった。
その頃は、義経の幕下であったが、今日は、鎌倉殿の権力を、背に負っている使者で来たのである。
「異な臭い……。これはまた、何のけむりか」
景季は、そこへ坐るなり、天井を見まわして、訊ねた。義経は、脇息に倚って、苦笑しながら、灸をやいていたところ故と答えると、
「そうそう、先頃から、何度訪ね申しても、御病中とのみで、追い返されたが――時に、御容態はいかがでござりますな」
「景季。おん身は、義経が会わぬのは、仮病ならんと、家人へ云われたそうなが、篤と、この灸の痕を見られよ」
と、襟をはだけて示し、