日本名婦伝
本文約9,300字 ・ 読了時間 約19分
あらすじ(AIが作成しました)
戦国時代の尾張で浅野家の養女として育った寧子は、身分の低い木下藤吉郎との縁談に周囲が反対する中、自らの意志で彼と祝言を挙げる。夫が織田信長に仕えて昇進を重ねる間、寧子は妻として内助の功を尽くし、太閤となった夫を支え続ける。本作は、戦国の世を生き抜いた夫婦の絆と、北の政所と呼ばれた彼女の生涯を描く。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
💰 この本を応援する(投げ銭)
一
寧子は十六になった。
妹の於ややと二人して、伯父伯母にあたる浅野家に養われて来た。ふたり共、養女なのである。
世間は知らなかった。それほど、浅野又右衛門夫婦の愛は、世の親たちと変りなかった。
十六というと、寧子も人知れず、「女の先」を考え始めた。時代は早婚の風である。もう他から結婚のはなしがいろいろ持込まれるのであった。
その数々の縁談のくちで、親たちの眼に選り残されているのは、もちろん皆、尾張清洲の織田家中ではあるが、とりわけ、
藩の侍頭大学信盛の舎弟、佐久間左京
信長の小姓組、前田犬千代
槍組衆の河尻与兵衛
足軽三十人持、御小人組小頭木下藤吉郎
――などの四名が候補になっていた。各に特長もあり理由もあって、
「急ぐこともないから、よう生涯を考えて――」と、寧子にも告げて、宿題の予日をのこし、親たちも先方へ、まだはっきり返辞をしない程度になっていた。
二
四人の候補のうちで、最も身分の高いのは、佐久間左京であった。兄大学信盛は、愛知郡山崎で、出城とはいえ、一ヵ城の城持ちであり、左京も織田家では、重要な地位を占め、主君のおおぼえもよかった。年齢は二十三歳とかいう。
「申し分はないが、何せい、こちらは弓之衆の長屋住い、身分がちがいすぎる」
と、又右衛門夫婦は、その点で迷っていた。
総じて、尾張半国の小藩にすぎない織田家は、君臣ともに、質素で財力も乏しかったが、わけて浅野又右衛門は、小禄な弓組の一家士でしかなかった。
年ごろの娘ふたりに、人なみの教養もさせ、人知れぬ「聟とり」の支度をしておくだに、なかなか容易ではない家計だった。
その点では、
家庭へもよく遊びに来て、気心もおけないし、先の人がらも素姓も知れている前田犬千代は、
「寧子も、嫌ではないらしい」
と考えられて、親たち自身の心もだいぶ傾いていた。