水籠
本文約4,600字 ・ 読了時間 約10分
あらすじ(AIが作成しました)
水害により家の中に閉じ込められた一家の日常を描く。外への交通が遮断され、濁り水に沈んだ家で手足も動かせぬ不自由な生活を送る中、窓の外を流れる郵便舟や庭先に現れた鰻など、極限状態での些細な出来事に喜びを見出す。限られた空間で六人が身を寄せ合い、幼児の純粋さに救われながら、この災難を「家の病気」と捉えて耐え抜こうとする一家の心情と、静寂が支配する夜の情景を綴る。
💰 この本を応援する(投げ銭)
表口の柱へズウンズシリと力強く物のさわった音がする。
この出水をよい事にして近所の若者どもが、毎日いたずら半分に往来で筏を漕ぐ。人の迷惑を顧みない無遠慮なやつどもが、また筏を店の柱へ突き当てたのじゃなと、こう思いながら窓の格子内に立った。もとより相手になる手合いではないが、少ししかりつけてやろうと考えたのである。
格子から予がのぞくとたんに、板塀に取り付けてある郵便受け箱にカサリという音がした。予は早くも郵便を配達して来たのじゃなと気づく。
この二十六日以来三日間というもの、すべての交通一切杜絶で、郵便はもちろん新聞さえ見られなかった際じゃから、郵便配達と気づいて予はすこぶるうれしい。この水の深いのに感心なことと思いつつ、予は猶予なくその郵便をとりに降りる。郵便箱へ手を入れながら何の気なしに外を見る。前に表の柱へ響きをさしたのは、郵便配達の舟が触れた音でありしことがわかった。
郵便の小舟は今わが家を去って、予にその後背を見せつつ東に向かって漕いでいる。屈折した直線の赤筋をかいた小旗を舷に插んで、船頭らしい男と配達夫と二人、漁船やら田舟やらちょっとわからぬ古ぶねを漕いでいる。水はどろりとして薄黒く、浮き苔のヤリが流れる方向もなく点々と青みが散らばってちょうどたまり水のような濁り水の上を、元気なくゆらりゆらりと漕いでゆくのである。
いやに熱苦しい、南風がなお天候の不穏を示し、生赤い夕焼け雲の色もなんとなく物すごい。予は多くの郵便物を手にしながらしばらくこの気味わるい景色に心を奪われた。