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TORENDIA

廃める

本文約16,700字 ・ 読了時間 約34分

あらすじ(AIが作成しました)

医学生の矢野は、自身の肺の不調と将来への不安を抱え、文学の師である大木のもとを訪れる。かつては医師を志すことに苦悩し、心身の不調から消極的になっていた矢野だが、大木との対話を通じて己の苦悩を打ち明け、自己に固執する心を捨てるよう諭される。文学という生命の支えを再確認し、死と向き合いながらも生に執着する自らの心境と対峙し続ける矢野の苦闘と、二人の間の深い精神的な絆を描く。

伊藤左千夫

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一

「や、矢野君だな、君、きょう来たのか、あそうか僕の手紙とどいて。」

主人はなつかしげに無造作にこういって玄関の上がりはなに立った。近眼の、すこぶる度の強そうな眼鏡で格子の外をのぞくように、君、はいらんかという。

矢野は細面手の色黒い顔に、こしゃこしゃした笑いようをしながら、くたびれたような安心したようなふうで、大儀そうに片手に毛布と鞄との一括を持ち、片手にはいいかげん大きいふろしき包みを二つ提げてる。ふろしき包みを持ったほうの手で格子戸を開けようとするがうまく開からない。主人はそれを見て土間に片足を落として格子戸を開けた。

「えらい風になった、君ほこりがひどかったろう。」

「えいたいへんな風でした。」

矢野はおっくうそうに物をいいながら、はかまの腰なる手ぬぐいをぬき、足袋のほこりをはたいて上へあがった。玄関の間のすみへ荷物をかた寄せ、鹿児島高等学校の記章ある帽子を投げるようにぬぎやって、狭い額の汗をふきながら、主人のあとについて次の間へはいる。

主人大木蓊は体格のよい四十以上の男で、年輩からいうと、矢野とは叔父甥くらいの差である。文学上の交際から、矢野は大木を先輩として尊敬するほかに、さらに親しい交わりをしている。矢野は元来才気質の男でないから、少しの事にも大木に相談せねば気が済まないというふうであった。ことに今度は東京にいるのだから、一散にやって来たのである。大木のほうでも矢野が頭脳のよいばかりでなく、性質が清くて情に富んでるのを愛している。

大木は待ち受けた人を迎えて、座につかぬうちから立ちながら話しかける。

「よく早く来られた、僕はどうかと思ってな。」

「少し迷ったんですが、お手紙を見て急に元気づいて出てきました。」

ふたりは賓主普通の礼儀などはそっちのけで、もうてんから打ちとけて対座した。

「君、ほこりを浴びたろう。ちょっと洗い場で汗を流しちゃどうか、ちょうど湯がわいてるよ。」

「えい風があんまり吹きますから。」

「そうか、そんな事はせんがいいかな。」

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