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TORENDIA

木曾駒と甲斐駒

本文約25,600字 ・ 読了時間 約52分

あらすじ(AIが作成しました)

明治二十九年の七月、作者が花崗岩の山々への憧れを抱き、木曽駒ヶ岳と甲斐駒ヶ岳を登頂した際の山旅を綴る随筆。当時の日本風景論から受けた感銘や、事前の予備知識不足からくる困難、記憶の齟齬を正しながら回顧する。険しい山道や天候の変化、宿での交流といった体験に加え、雄大な岩峰の景観や高山の力強い姿を描写し、食欲と空腹に支配された当時の山行の苦楽を、後に補筆を加えて記録する。

木暮理太郎

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木曽駒

矧川志賀先生の『日本風景論』(第三版)を読まれた人は、日本には火山岩の多々なる事という章の終りに、附録として「登山の気風を興作すべし」という一文が添えてあることを記憶されているであろう。其の(七)に中部日本の花崗岩と題して、花崗岩の大塊が富士山火山脈の西に曳き、中部日本に蟠居していることを述べ、「所謂木曾地方悉く花崗岩に成り、其の荘厳雄大なる景象を表出するは実に此岩に因る。中部日本の花崗岩中、須らく登臨を試むべきは」、鎗ヶ岳(三五三一米)及び駒ヶ岳(二五五七米)であるとし、更に「中部日本の大花崗岩塊の東に片麻岩延縁す。既にして甲斐国裡に入り、二塊の花崗岩あり、西に在るを駒ヶ岳塊、東に在るを金峰山塊と称す、共に其の延縁せる面積は些少なるも、而かも此の小塊中に高峰累々、奇抜無比。試に登臨せんか」と呼びかけて、鞍懸山(一四八三米)、駒ヶ岳(三〇〇二米)、鳳凰山(二九一二米)、地蔵岳(二七九七米)及び金峰山(二五五一米)の五座が挙げてある。この記事を読んですっかり有頂天になり、鞍懸山は措て問わず、其他の六座は二千五百米から三千米を超えた日本に於ける花崗岩の代表的高山であるから、一つ残らず登りたいものだと、心もそぞろに待ち憧れていた機会到来して、勇躍旅程に上ったのは明治二十九年の七月であった。

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