妾の会つた男の人人
本文約4,700字 ・ 読了時間 約10分
あらすじ(AIが作成しました)
森田草平、西村陽吉、岩野泡鳴の三名について、著者が直接の交流や観察を通じて抱いた人物評を綴る。芝居の幕間で初めて対面した草平の意想外な容姿に対する落胆や、商売上手で計算高い陽吉への冷ややかな批判、外見の恐ろしさとは裏腹に家庭内では妻に頭が上がらない泡鳴の滑稽な姿を描写し、それぞれの性格や内面的な弱さを辛辣かつ率直な視点で論じる随筆である。
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森田草平氏
四年ばかりも前に鴈治郎が新富座で椀久を出した時に、私と哥津ちやんと保持さんが見にゆく約束をしました。さうして私と保持さんは始めから一緒に行つて、新富町についてから哥津ちやんに散々待ち呆けを喰されたあげく、這入つた時にはもう満員ですわる所がないやうな有様でした。しかし出方のあつかひで私達は二階の帳場に席をとりました。
其時の幕間にいきなり小母さんの座つてゐる前にヌーツと立つた人があります。
「酒を飲む所は何処です。」
と聞きました。
「知りません。」
小母さんもまた、ひどく「ぶつきら棒」に答へた後にハツとしたやうに顔を真紅にしました。私は何にも気がつかずに廊下へ出て行くその人の後姿を見送つてゐます。
「一寸、あの人、森田さんよ」
と小母さんは私の方を向いて云ひました。
「森田さんつて誰よう」
「ほら、草平つて人よ、平塚さんの――」
「へえ、彼の人が、まあ」
私はつゞけざまに、吃驚して廊下の方を見たときには、その人はもう影も形もありませんでした。
本当に、あんまり思ひがけないのでびつくりしたのです。「へえ、まあ」と幾度も私は繰り返しました。それ程草平と云ふ人が私には想像と違つた人だつたのです。
何処から何処までキチンとして、何処をつついてもピンとした手ごたへのありさうに思はれる、しつかりした態度、あの意志を充分に現はした額、深い眼、――を持つた平塚さんの対照としては、あまりに意想外でした。ボワツとしたしまりのない大きな体躯、しまりのない唇、それ丈けでも、充分に、平塚さんに侮蔑される価値はあります。何処から見てもあの、「力」を抜かれたやうなどうにか人間の形にまとまつたと云ふやうなキリツとした処の少しもない体は、低能の人にしか見えません。私は、たつた今其処に立つてゐたその体と鋭敏な、何時でも、チヤンと身がまへの出来てゐるやうな平塚さんをおもひ出して、何だか、くすぐつたくなつて仕舞ひました。
他人が問題にしてゐるのが何だか馬鹿らしいやうな気がしてゐたことが、草平氏を見た時から私にはあの芝居が非常に興味を引きました。