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TORENDIA

桑の木物語

本文約39,500字 ・ 読了時間 約80分

あらすじ(AIが作成しました)

幼君のお相手として御殿で育った土井悠二郎は、奔放で奇矯な振る舞いゆえに致仕し、市中で隠遁生活を送る。かつて少年時代に共に過ごした藩主の正篤は、上屋敷の庭に悠二郎のすすめで植えた桑の木を大切に育てていた。のちに再会した二人は、思い出の桑の実を摘みながら、身分を超えた絆を確かめ合う。離れ離れになってもなお心を通わせる二人の関係と、生涯を通じて続く深い友情を描く。

山本周五郎

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一

その藩に伝わっている「杏花亭筆記」という書物には、土井悠二郎についてあらまし次のように記している。

「土井右衛門、名は悠二郎。忠左衛門茂治の二男に生れ、わけがあって七歳まで町家に育った。八歳の春から幼君のお相手として御殿へあがり、ずっとお側去らずに仕えたが、二十一のとき致仕した。

生れつき奔放にして無埒、つねに奇矯のおこないが多く、宗眼日録には、勤めかたよろしからず、ということがしばしば挙げてある。致仕してのちは市中にかくれ、親族や旧知とも断って無為に一生を終ったという。

また上屋敷の庭の奥に、いま大木になった桑の林があるのは、泰春院さまが少年のころ、彼のすすめによって植えられたと伝えられるが、このような進言をするところなども、彼の無埒な性分のあらわれであろう。――ちなみに宗眼日録は泰春院さま御一代の記録であって、御歴代の中興であると同時に、稀世の名君といわれる侯の、生涯と治績とが詳述されてある。筆者は新泉宗十郎、のちに国老となり、宗眼と号した」

以上が記事の概略であるが、はなはだかんばしくない。「生れつき奔放無埒」とか「勤めかたよろしからず」とか、だいぶてひどくやられている。大名屋敷の奥庭、――町家などでもそうだが、――桑の木を植えるなどというのは変っているが、それが奇矯というほどのことかどうか。いちがいに断言はできないだろう。

また読者の便宜のために、同じ「杏花亭筆記」にある彼の祖父の記事を、その要点だけぬいて紹介しよう。

「土井勘右衛門、虚木と号す。浄松院さまのとき留守役(世襲)より側御用に召され、老職を兼ねて信任もっとも篤く、浄松院さま御他界ののちは、世子の御養育に専念した。泰春院さまの英明果断の資質は、勘右衛門に負うところ多しともいう。――また他に評がある。彼は豪放磊落なれど、酒を好み、老年に及ぶまで遊里にでいりし、俗曲、俳諧に長じ、日常のようすには不拘束なことが少なくなかった」と。

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