TRENDIA CLASSIC

日録

山本周五郎

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×月×日

今年もまた百舌鳥がやって来た。この仕事場を借りて以来、毎年こいつと喧嘩である。もう十数年になるから、初めのころのやつの曾孫くらいに当るだろう。代々「あそこへいってからかってやれ」と言い継がれているのではないか、「やつはかんしゃくを起こすから面白いぞ」とも言われているのではないかと思う。そのくらいしつっこく、仕事場のすぐ前にある灌木林へやって来て、ぎゃあぎゃあぺちゃぺちゃ鳴き喚き、騒ぎたてるのである。癪に障るから縁側へ出ていって、「なんだ」とどなると「ぎゃあ」と答える、「なんの用だ」とどなると「ぎゃぎゃぎゃ」と答え、次に私がなにを言うかを待っている。まるで、さあ面白くなってきたぞと、ほくほくしながら手を擦り合わせているようすが見えるようだ。黙っているとまた、独りでやかましく喚きちらしはしゃぎまわって飽きない。こっちはそれでなくとも仕事がおそいほうで、いつも締切に追われているから、しだいにかんしゃくが起こってき、庭へおりて小石を拾い集めると、やつをめがけて投げつける。やつはそれを待ってでもいたように、いっそう陽気になり、枝から枝へとび移りながら、耳をつんざくような声で喚きたて、嘲弄する「当りませんよ、お気の毒さま、さあお投げなさい、そら外れた」そんなおひゃらかしを言っているようで、こっちは投げるべき小石が無くなってしまい、慰やすことのできないかんしゃくを背負ったまま、仕事場から逃げだしてしまう。つまり、また仕事がのびるというしだいなのである。どういうこんたんがあって神さまがやつのような図太く恥知らずなやくざ者を創造されたのか、私はその精神を聞きたいと思う。今年は喧嘩をするのはよして、どうにかやつとあいびあってゆきたいと思うが、それもやつの出かたによってきまることである。

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