ブドー酒・哲学・アイスクリーム
本文約3,600字 ・ 読了時間 約8分
あらすじ(AIが作成しました)
若い頃からブドー酒を好み、戦前から数々の銘柄を追い求めてきた著者が、ワインやウィスキーへの並々ならぬ愛着を綴る随筆。レストランでの提供方法や、かつて経験したメドックの意外な飲み方といった思い出を交えながら、ワイン特有の思索的な酔い心地や、食事との相性の良さを説く。自身が人生の傑作として挙げる酒や哲学、アイスクリームなどを並べ、生活に不可欠な嗜好品としての洋酒の魅力を軽妙な筆致で描き出す。
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書きながら飲むというようなことは、めったにしないが、酒とは親しいつきあいである。といって酒なら何でもいいというのではない、やはりぼくなりの好みがある。
若い頃からぼくは特別にブドー酒が好きだった。よくひとから、どうしてそんなにワインを好むのか、という質問をうけるのだが、特にむずかしい理由があるわけではない。その頃たまたま飲みはじめたブドー酒の酔い心地が非常によかったからである。
当時はフランスから輸入するにもたいそう時間がかかった。その上、船がどうしても赤道を通ってくるので、暑さのためによい酒はほとんど味が変ってしまう。だから、ぼくはその中でも専ら安いものを買って飲むことにしていた。その方がかえってうまかったのである。
ブドー酒を飲むというと、どうしても洒落て聞えるのでいやなのだが、ほんとうに好きというのは仕方がない。それにぼくは欲ばりだった。あるものはどうしても試してみたい。つまり飲んでみたいのである。テキラはまだ知らないが、これまで飲もうと思った酒は、だいたい飲んだといっていいだろう。
戦前、メドックなどは明治屋あたりで簡単に手に入ったが、トーケイ酒のほうはなかなかお目にかかることができなかった。手に入らないとなると、いよいよ欲しくなるものでこのハンガリー産のワインには悩まされたものである。
ところが、昨年の暮、雑誌社のひとたちが集まったとき、たまたまその日とどいた包みをあけようということになった。そこでK君が包みを解きはじめたのだが「先生、これはトーケイ酒ですよ」というのだ。トーケイ酒ときいてはぼくのほうが平静でいられなくなる。「それなら別のと替えよう」と大急ぎでとりかえてしまった。やはり、なつかしいブドー酒である。小説などで有名なこの酒も、相変らずなかなか手に入らないのである。