書きながら飲むというようなことは、めったにしないが、酒とは親しいつきあいである。といって酒なら何でもいいというのではない、やはりぼくなりの好みがある。
若い頃からぼくは特別にブドー酒が好きだった。よくひとから、どうしてそんなにワインを好むのか、という質問をうけるのだが、特にむずかしい理由があるわけではない。その頃たまたま飲みはじめたブドー酒の酔い心地が非常によかったからである。
当時はフランスから輸入するにもたいそう時間がかかった。その上、船がどうしても赤道を通ってくるので、暑さのためによい酒はほとんど味が変ってしまう。だから、ぼくはその中でも専ら安いものを買って飲むことにしていた。その方がかえってうまかったのである。
ブドー酒を飲むというと、どうしても洒落て聞えるのでいやなのだが、ほんとうに好きというのは仕方がない。それにぼくは欲ばりだった。あるものはどうしても試してみたい。つまり飲んでみたいのである。テキラはまだ知らないが、これまで飲もうと思った酒は、だいたい飲んだといっていいだろう。
戦前、メドックなどは明治屋あたりで簡単に手に入ったが、トーケイ酒のほうはなかなかお目にかかることができなかった。手に入らないとなると、いよいよ欲しくなるものでこのハンガリー産のワインには悩まされたものである。
ところが、昨年の暮、雑誌社のひとたちが集まったとき、たまたまその日とどいた包みをあけようということになった。そこでK君が包みを解きはじめたのだが「先生、これはトーケイ酒ですよ」というのだ。トーケイ酒ときいてはぼくのほうが平静でいられなくなる。「それなら別のと替えよう」と大急ぎでとりかえてしまった。やはり、なつかしいブドー酒である。小説などで有名なこの酒も、相変らずなかなか手に入らないのである。