『言林』新版序
本文約1,200字 ・ 読了時間 約3分
あらすじ(AIが作成しました)
国語の学習や研究に携わる編者が、辞典編集における苦心と経過を綴る。言葉の移り変わりや社会の変化に順応しつつ、実用性と規範的な標準辞典の理想との間で葛藤する編纂作業の厳しさを語る。また、協力者たちの多大なる尽力や尽瘁への感謝を述べるとともに、出版権の移譲に伴い、時代の要求に応じて増補改善へ向かう決意と、新体制への期待を表明する。本書は、長年の編纂を経てなお向上を目指す姿勢と辞書制作の実際を記すものである。
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われわれの文化生活のうち、日常ないし教育および教養、いろいろの場合において、専門辞書は別として、普通辞書が欠くべからざることは、今更特筆するにも及ばないが、編者の如き、永年国語の学習や研究や教育に従事し来たった者にとっても、座右常に手ばなせない物は、小中辞典である。従って、読み書き共に、注意を怠らないと同時に、絶えず増補なり改訂なりに務め、取捨や選択に苦慮したり懐疑したりせずには居られないのである。
自分が、この仕事に従ってから既に三十年にもなるが、言葉の興廃や存亡や流転や発音の推移や、語法の変遷や、社会上の変動などわれわれの複雑極まりなき二重三重の言語生活、むしろ言文生活とも称すべき、多岐な文化生活に順応せねばならぬ関係上、新旧兼備、内外並置、和漢洋雑居の姿に陥らざるを得ぬ事情に苦慮しがちである。
しかも、その上、量的制限や軽便、印刷上の布置、等々の実際的な顧慮を忘れるわけにはゆかない。理想に即して軌範的な専断に傾く暴挙は慎まねばならぬ。ましてや、漢字の限定や、改定表記法の取捨去就に迷惑する場合も多大である。編者自身の私見に勇往邁進することも考慮せざるを得ない。自然、便宜に順応しておく情実も起りがちだ。然し、毅然たる標準辞典の編集は、実用性を捨ててかからなければならない。悩みはそこにも存する。
協力者として編者を援助して下さった諸賢を一々列挙することは省かせていただくが、その中でも、第一人者として、『辞苑』このかたの経験と知識とを、本書の為に傾注しつつ、終始一貫、尽瘁して下さった老友溝江八男太翁を挙げざるを得ない。翁が編者の指導の下に、その御老体の全力を、再び而も異常な神速さをもって敢行しつづけられた努力に対しては、わたくしは涙ぐましき感激の情のこみあげてくるばかりで、なみなみの言葉を以ては、とても尽くしがたい程であって、今も益々感銘が深い。印刷および校正に関しては、殊に当用漢字の運用等、雅友栗林貞一氏の助力に待った所が多大であったことに対しても、深謝の意を表せねばならなかった。