南嶋を思いて
本文約6,700字 ・ 読了時間 約14分
あらすじ(AIが作成しました)
新村出は、伊波普猷の『古琉球』を読み、その南国情緒豊かな内容や言語学的な資料としての価値を論じる。本書は、神話伝説、童謡、俚諺、歌詞楽舞など、南島にまつわる文献を網羅的に収める。著者は、これまでの探検家による琉球語彙蒐集の歴史を振り返りつつ、独自の文献学的研鑽を高く評価する。特に八重山・宮古島の方言から古代の音韻を辿る試みに注目し、国語学の源流解明に対する同書の寄与を期待し、南島文化への深い敬意と感興を綴る。
💰 この本を応援する(投げ銭)
文学博士 新村 出
今春琉球に関する一、二の古本を読んでから南島を思う情が切になり来った矢先に、伊波君の『古琉球』と題する南国の色彩豊かな著述がしかもその国の人の手に由って贈られたのは異常に嬉しかった。
森島中良の『琉球談』中に見える年中行事(むしろ歳時記)を読んだのは未だ寒い頃であったかと思う。
□二月十二日、家々にて浚井し女子は井の水を汲んで額を洗ふ、如此すれば疾病を免るゝとなり、此月や土筆萌出、海棠・春菊・百合の花満開し蟋蟀鳴く。 □三月上巳の節句とて往来し、艾を作て餉る、石竹・薔薇・罌粟倶に花咲く、紫蘇生じ、麦秋り虹始て見ゆ。 □四月させる事なし、鉄線開き笋出。蜩鳴き、蚯蚓出、螻※[#「虫+國」、U+87C8、8-1]鳴き、芭蕉実を結ぶ、国人是を甘露と名づく。 この本の挿画にも見るように髪の頂に簪を長く突出して島の女子が南音ゆるく蛇皮線を弾いている側に、熟しきったバナナを食いながら、芭蕉葉の扇を使って懶気に聴惚れている若者を想像すると、〔荻生〕徂徠が『琉球聘使記』に挙げたいとやなぎの唱歌が聞える。
こんな島へも昔、から支那の冊使を載せて来る船が通ったのみならず、十八、九世紀の替り目からは西洋の探検船が渡って珍しい島物語を絶域に伝えることになった。琉球語を初めて学問的に研究して世に著わしたバジル・ホール・チャンバレン Basil Hall Chamberlain 氏の祖父に当る Captain Basil Hall の率いた英吉利船が帰航の途に聖ヘレナ島に立寄って船長の口から流竄中の那翁に沖縄島の話を伝えた事は近時邦人の間にも普く知られるようになったと思うが、同じ航海で那覇港に来た英船アルセスト Alceste 号に就いての話は聞えぬらしい。