創作家のランジェは、黙って、大きな卓机から一束の手紙を取りだした。その文束は真紅なリボンで結えてあった。
「あなたは、これが要るんですか。どうしても取りかえそうと云うんですか」
彼はおろおろ声でいった。が、マダム・ヴァンクールは何もいわずに肯ずいてみせた。
「こうした要求が男の心にどんな傷手を負わせるかということが、あなたに解りませんか」
ランジェはもう一度哀願してみたが、女は返事もしないで、ただ手をのべるばかりであった。
「僕も悪かったけれど、そんなに虐めなくたっていいじゃありませんか。成るほど僕はちょっと不実なことをした。あなたが憤るのも無理がない。だから僕は散々謝罪ったでしょう。足りなければ何回でもお詫します。しかしあんなことのために全然愛想づかしをして、前々からの手紙まで取り返すというのは酷い。つまり僕はあなたの愛を失ったばかりでなく、あなたから踏みつけにされるのですね。それに……」
「もう沢山、愛なんてことを二度と仰しゃらないで下さい」
彼女の声は少しも潤いのない、冷淡なものであった。
「そんなら、あなたは僕というものを全然信用しないんですね。僕がこの手紙を利用して何か悪事でも企らみはしないかとお思いなんでしょう。だから返してくれなんて云うんでしょう」
彼は、女に劣けない程度に冷静を装ったつもりだけれど、その文束を持った指先が無残にふるえていた。
しかし女は彼の言葉を耳にもかけない風で、
「とにかく返して下さい」
とせがんだ。それでランジェもついに断念して、抽斗をぴしゃりと閉め、それから腰をかがめて、
「じゃお返ししましょう」
女は文束を取り戻してしまうと、ほっとしたように相好を和らげて、やっと緊張していた態度をゆるめた。そして一しきり室の中を見廻わしたが、さすがに過去二年間の楽しい思い出を胸に喚びおこしてか、深くも感慨にうたれた風であった。
それは悩ましい瞬間だった。
ランジェはもうがっかりしてじっと額を押えていた。が、女は早くも元の冷静に立ちかえって、優しくしかし妙に冷酷を押包んだ口調で、じゅんじゅんと弁解をはじめた。