「坊ちゃん、いくつ?」
通りがかりの老紳士が問いかけると、
「四つ」
砂いじりに夢中になっていた男の子が答えた。
「名前は何ていうの」
「ジャン」
「苗字は?」
「ジャン」
「それだけじゃ、わからないね」老紳士は莞爾して、「ジャンという名前の子供は沢山いるからね。お父さんの苗字は何というの」
「僕、ジャンていうのよ」
と子供は無邪気に紳士の顔を見あげた。
そのとき、傍の共同椅子で縫ものをしていた一人の女が、仕事を膝の上へおきながら、
「この子はジャンという名前でございますの。苗字はございません」
言葉の調子が悲しそうで、何となく愁いに窶れた顔をしていた。
老紳士は気の毒になって、ちょっと帽子をあげて詫言をいうと、彼女は首をふって、
「いいえ、どういたしまして……坊や、此処へいらっしゃい」
子供を傍へひきよせ、頭を軽く撫でて額にキスをしてやってから、
「さア、彼方へ行ってお遊び、少し駆けて御覧」そういって再び仕事を取りあげながら、「何といっても、子供は活溌に駆け廻るのが、体のために一等でございますのね」
「それはそうですとも。失礼ですが、あなたのお子さんですか」
女は黙ってうなずいた。
老紳士は駆けてゆく子供をじっと見送っていたが、
「よく似ておられますね」
女はかすかに手先がふるえた。と思うと針の手を休めて、
「ほんとうに似ているでしょうか」
「ええ、あなたに似て可愛い坊ちゃんです。もっとも、あのくらいのときは漠然と似ている場合が多いので、細かい特徴になると、お父さんと較べてみなければわかりませんがね」
女は如何にもといったようにもう一度うなずいて、それから沁々と語りだした。
「実は彼がわたしの子かどうか、わかりませんのです。こう申しますと、そんな馬鹿なことがあるものかと仰しゃるか知れませんが、事実ですから仕方がありません。何もかも運命でございます。ときどき、わたしは彼が父親かわたしかに似ている点を見つけだそうとして、しげしげとあの小さな顔を見つめますの。また時としては、そんな迷った考えは断然捨ててしまわねばならぬと思いまして、じっと眼をつぶることもございます。