二人の母親
本文約3,700字 ・ 読了時間 約8分
あらすじ(AIが作成しました)
第一次世界大戦下のパリ、産科病院での砲撃事故により、二人の未亡人はどちらの赤ん坊か判別できなくなった男の子を共同で育てることになる。出生の証を失った子を巡り、疑心暗鬼と争いを経た彼女らは、やがて絆を深め、母として分かち合う生活を送る。本作は、過酷な運命の中で子供を慈しみ、正体のわからぬ不安を抱えながらも、二人の母親として共に生きる女たちの姿と、その献身的な愛情を描く物語である。
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「坊ちゃん、いくつ?」
通りがかりの老紳士が問いかけると、
「四つ」
砂いじりに夢中になっていた男の子が答えた。
「名前は何ていうの」
「ジャン」
「苗字は?」
「ジャン」
「それだけじゃ、わからないね」老紳士は莞爾して、「ジャンという名前の子供は沢山いるからね。お父さんの苗字は何というの」
「僕、ジャンていうのよ」
と子供は無邪気に紳士の顔を見あげた。
そのとき、傍の共同椅子で縫ものをしていた一人の女が、仕事を膝の上へおきながら、
「この子はジャンという名前でございますの。苗字はございません」
言葉の調子が悲しそうで、何となく愁いに窶れた顔をしていた。
老紳士は気の毒になって、ちょっと帽子をあげて詫言をいうと、彼女は首をふって、
「いいえ、どういたしまして……坊や、此処へいらっしゃい」
子供を傍へひきよせ、頭を軽く撫でて額にキスをしてやってから、
「さア、彼方へ行ってお遊び、少し駆けて御覧」そういって再び仕事を取りあげながら、「何といっても、子供は活溌に駆け廻るのが、体のために一等でございますのね」
「それはそうですとも。失礼ですが、あなたのお子さんですか」
女は黙ってうなずいた。
老紳士は駆けてゆく子供をじっと見送っていたが、
「よく似ておられますね」
女はかすかに手先がふるえた。と思うと針の手を休めて、
「ほんとうに似ているでしょうか」
「ええ、あなたに似て可愛い坊ちゃんです。もっとも、あのくらいのときは漠然と似ている場合が多いので、細かい特徴になると、お父さんと較べてみなければわかりませんがね」
女は如何にもといったようにもう一度うなずいて、それから沁々と語りだした。
「実は彼がわたしの子かどうか、わかりませんのです。こう申しますと、そんな馬鹿なことがあるものかと仰しゃるか知れませんが、事実ですから仕方がありません。何もかも運命でございます。ときどき、わたしは彼が父親かわたしかに似ている点を見つけだそうとして、しげしげとあの小さな顔を見つめますの。また時としては、そんな迷った考えは断然捨ててしまわねばならぬと思いまして、じっと眼をつぶることもございます。