探偵小説小論
本文約3,600字 ・ 読了時間 約8分
あらすじ(AIが作成しました)
探偵小説の本質を論じる本稿は、論理的な推理判断に基づくものと、直感的な感覚に基づくものという二つの分類を提示する。洋の東西を問わず古今の作品を挙げ、科学的知識や鋭敏な頭脳による思索のプロセスを解析する。著者は探偵小説をロマンチシズムの一形態と捉え、読者が戦慄の快感や怪奇の美に浸れるような、美を追求したスタイルと内容の高度な一致を求めている。
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探偵小説に興味がないこともないが、常に忙しいのと、生来の怠け癖とで読めもしないのをコツコツ洋書を読む根気もないので、十分の確信をもつて探偵小説の話ができる訳のものではない。殊に探偵小説と言へば外国の作品に限られてゐる現状では。しかしせつかくのお尋ねだから卑見をでたらめに申し述べる。
探偵小説の本質としては、論理的に相当の判断を下して問題の犯人を捜索するところにある。即ち事件の関所をどんなふうに切り抜けるかといふところに興味がある訳だ。だからその判断は常に最も健全な頭脳から湧出する智脳の活躍の現れだ。たとひその方法が、冒険的だとか、変幻出没自在だとか、機械仕掛の家だとか、科学知識応用だとかいふやうな種類の道具立てによつて色彩られてゐるとしても、同じ思索力の発展に過ぎない。例へばコーナン・ドイル、フリーマン、モリソン、ガボリー等の取扱つた探偵シヤロツク・ホームズ、ソンダイク、マルチン・ヒユウイツト、M・ルコツクにしてもルブランの義賊アルセーヌ・リユーパンにしても、それぞれに描かれた人物は、敏感な推理力や豊富な科学的知識を所有してゐる警察関係の人物や化学者や法医学者である。少くともさうした学者的の頭脳を具備してゐる者ばかりだ。だから自然、事件関係者間の知慧の切り出し工合や思索の一騎打になつて、吾々の興味を惹く、吾々の想像力は加速度を増して事件の中心へ惹き入れられる。高級な探偵小説になればなるほどその感は深い。吾々は一歩毎に犯人の捜索に近づいてゐる訳だ。その場合吾々もともに探偵の一人になりきつてゐるのだ。それがまた時代とか場所とかの関係の距離が遠ければなほのことその実在性を無意識のうちに認めて、その戦慄の快感と怪奇の美に打たれる。言はゞそれらは一種の詩に外ならない。ロマンチツクな感銘に酔ふのだ。
それで純粋な探偵小説といふのではないが、ドストイエフスキイの『罪と罰』の主人公ラスコルニコフの殺人事件は、吾々の興味を大へんに惹く。あれはあの殺人現場の造り工合にも拠るのだらうが、あんなふうの建物ででもなければ殺人は出来まい。