神の如く弱し
本文約13,900字 ・ 読了時間 約28分
あらすじ(AIが作成しました)
雄吉は、親友の河野が失恋後、立ち直れず放蕩生活に陥ったことを嘆き、彼を軽蔑する。しかし河野は、かつて自身を捨てた相手からの屈辱的な申し出をも善意と捉え、感激するほどの並外れた弱さを見せる。雄吉はその姿を前に、自身の尺度では測れないほど純粋で徹底した弱さを持ち、凡庸な感情を超越した高潔さを見出す。
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一
雄吉は、親友の河野が、二年越の恋愛事件以来――それは、失恋事件と云ってもよい程、失恋の方が主になって居た――事々に気が弱くてダラシがなく、未練がじめ/\と何時も続いて居て、男らしい点の少しもないのがはがゆくて堪らなかった。
河野の愛には報いないで、人もあろうに、河野には無二の親友であった高田に、心を移して行った令嬢や、又河野に対する軽い口約束を破ってまで、それを黙許した令嬢の母のS未亡人に対する河野の煮え切らない心持は、雄吉から考えれば腑甲斐なき限りであった。
雄吉が、若し河野であったならば、斬ったり突いたりするような事は、自分の教養が許さないにしても、男らしい恨みを、もっと端的に現わせる筈だのにと思った。それだのに河野は、ぐたぐたとなってしまった許ではなく、令嬢の愛が自分にないと知ると、自分の身を犠牲にして、恋の敵手と云ってもよい高田と、自分の恋人とを、仲介しようとするような、自己犠牲的な行動に出ようとした。河野は、それを人道主義的な、高尚な、行動ででもあるように思って居た。雄吉は、そうした河野のやり方を、蔑んだ。自分が捨てられると、今度は直ぐ、自分の恋人と、憎まねばならぬ筈の恋の敵手とを、仲介しようとする、それでは至純と思われて居た筈の河野の最初の恋までが、イカサマな贋物のように思われるのではないかと雄吉は思った。
而も、河野のそうした申出が、相手の高田から『大きなお世話だ。』と云うように情なく断られると、今度は最後の逃げ道として、帰郷を計画しながら、而も国へ帰ったかと思うと、もう三日振りには、淋しくて堪らなくて、東京へ帰って来たのであった。
それに、自分独りで、グッと踏み堪える力がなくて、毎日のように友人を代りばんこに尋ねて、同じ愚痴を繰り返して、安価のお座なりの同情で、やっと淋しさをまぎらして居るような河野の態度も、雄吉には堪らなくはがゆかった。
それも、細木だとか雄吉など云う極く親しい友人が、河野の愚痴を聴き飽いて、もう新鮮な同情を与えなくなると、今度は高等学校時代の旧友や、一寸した顔馴染の人達を囚えて、河野は相変らず、同じ事を繰り返して居るようであった。