本文へ移動
TORENDIA

志賀直哉氏の作品

本文約4,900字 ・ 読了時間 約10分

あらすじ(AIが作成しました)

志賀直哉の小説作品やその作家性について論じる。厳しい選択に基づいた正確かつ力強いリアリズムの手法と、人間の愛や道徳、正義に対する深いヒューマニスチックな温味を兼ね備えた唯一無二の作家として評価する。自身の体験に基づいた作品群から特殊な心理を扱った短編まで、作者の澄み切った観照と揺るぎない人格が反映されたその世界観は、国内外の文学と比較しても極めて高い芸術的価値を持つと説く。

菊池寛

速度
🎧 志賀直哉氏の作品 / 朗読音声: VOICEVOX:青山龍星

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 7

自分は現代の作家の中で、一番志賀氏を尊敬している。尊敬しているばかりでなく、氏の作品が、一番好きである。自分の信念の通りに言えば、志賀氏は現在の日本の文壇では、最も傑出した作家の一人だと思っている。

自分は、「白樺」の創刊時代から志賀氏の作品を愛していた。それから六、七年になる。その間に自分はかつて愛読していた他の多くの作家(日本と外国とを合せて)に、幻滅を感じたり愛想を尽かしたりした。が、志賀氏の作品に対する自分の心持だけは変っていない。これからも変るまいと思う。

自分が志賀氏に対する尊敬や、好愛は殆ど絶対的なもので従って自分はこの文章においても志賀氏の作品を批評する積りはないのである。志賀氏の作品に就いて自分の感じている事を、述べて見たいだけである。

志賀氏は、その小説の手法においても、その人生の見方においても、根柢においてリアリストである。この事は、充分確信を以て言ってもいいと思う。が、氏のリアリズムは、文壇における自然派系統の老少幾多の作家の持っているリアリズムとは、似ても似つかぬように自分に思われる。先ず手法の点から言って見よう。リアリズムを標榜する多くの作家が、描かんとする人生の凡ての些末事を、ゴテゴテと何らの撰択もなく並べ立てるに比して、志賀氏の表現には厳粛な手堅い撰択が行われている。志賀氏は惜しみ過ぎると思われるくらい、その筆を惜しむ。一措も忽にしないような表現の厳粛さがある。氏は描かんとする事象の中、真に描かねばならぬ事しか描いていない。或事象の急所をグイグイと書くだけである。本当に描かねばならぬ事しか描いていないという事は、氏の表現を飽くまでも、力強いものにしている。氏の表現に現われている力強さは簡素の力である。厳粛な表現の撰択からくる正確の力強さである。こうした氏の表現は、氏の作品の随所に見られるが、試みに「好人物の夫婦」の書出しの数行を抜いて見よう。

「深い秋の静かな晩だつた。沼の上を雁が啼いて通る。細君は食卓の上の洋燈を端の方に引き寄せて其の下で針仕事をして居る。良人は其傍に長々と仰向けに寝ころんでぼんやりと天井を眺めて居た。二人は長い間黙つて居た。」

菊池寛の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本