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TORENDIA

風雲児、坂本龍馬

本文約2,200字 ・ 読了時間 約5分

あらすじ(AIが作成しました)

土佐藩の下級武士として生まれた坂本龍馬は、剣術と航海術を修め、神出鬼没の行動で維新の激動期を駆け抜ける。粗野な外見ながら天才的な眼を持ち、討幕論を掲げる一方、幕臣である勝海舟の識見に触れて弟子入りするなど、柔軟かつ大胆な精神で時代を切り拓いていく。本書は、逸話や親しい人々との交流を通じて、この英雄の型破りな性格と、維新という時代の変革期におけるその生きざまを克明に描き出す評伝である。

菊池寛

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🎧 風雲児、坂本龍馬 / 朗読音声: VOICEVOX:春日部つむぎ

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現存する坂本龍馬の写真を見ると、蓬頭垢衣、如何にも風采あがらぬ浪士と云つた格好である。浜本浩に少し苦味を加へたやうな顔だ。

その近親の談話によると、龍馬が常用してゐた黒羽二重の紋服は、いつも膝の下一寸ばかりのところが、ピカ/\油染みて光つてゐたと云ふ。

鼻をこすつて、何かと云ふと得意がる癖があつたと云ふ。一日五度も六度もこれをやつた。

酒は大酒とは云へず寧ろ喰意地の方がきたなかつた。クチヤ/\と口に唾をため、よく乾昆布などを噛んでゐた。

誰が見ても粗野だつたその風の中に、若し天才的なものを求めるなら、それはあの眼だらう。少し脹れぼつたいから、恐らく近眼だつたらう。

併し、遠く望み、深く思ふが如き一抹憂愁の気は常人のそれではない。

世に龍馬を語る者は、必ず彼を目して、土佐勤皇党の彗星と云ふ。神出鬼没、凡そ端睨すべからざる彼の行動は、大衆文学のヒーローとしては申し分がない。誰でも、その姿に喝采し、歓呼の声を挙げるに違ひない。

龍馬は天保六年十一月に、高知本町一丁目に生れた。それは郷士の家であつた。彼の先祖は長曽我部氏に仕へたのである。

郷士は、どの地方でも、武士の下つ端であつたが、土佐藩では特にこの差別待遇が甚しかつた。

即ち藩主山内氏は遠州掛川から転封されたので、土着の長曽我部系統の武士が、圧迫されたのは当然である。

維新の政変とは、ある意味で云へば、上級武士に対する下級武士の挑戦である。

下級武士が現状打破を叫ぶ余り、その論調が討幕論に走り、上級武士は現状維持の建前から、佐幕論となり、公武合体論を唱へたのは、各藩を通じての大体の情勢であつた。

土佐でも、その例に洩れず、勤皇論は、その軽輩武士の間に起つた。

その代表者が、武市半平太(瑞山)と坂本龍馬である。

武市は資性沈毅、たゞその腮が突き出てゐたので、綽名を「腮」と云はれ。

龍馬は江戸から国へ帰つて来ると、先づ、

「腮は相変らず窮屈なことを言ふてゐるか」

と云へば、半平太も負けずに、

「痣が帰国した相だが、又、必ず大法螺を吹いてゐることだらう」

と傍の者に言つた。

悪口は云ひ合つてゐたが、お互ひに頼母しく思つてゐたのである。

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