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この物語はフィクションです。登場する人物、市、水道局、会社、お店は、すべて作者がつくったものです。
一 夜ふけの鉄の棒
街は、眠っていた。
信号だけが、だれもいない交差点で、赤から青に、青から赤に、変わっている。
その路地の入り口で、りくは、しゃがみこんだ。
道路のはしに、小さな鉄のふたがある。
りくは、細い棒の先を、そっとそのふたにあてた。
反対の端を、耳にあてる。
目を閉じて、息をとめる。
しゅー。
しゅー。
聞こえた。
たしかに聞こえた。
水の流れるような音だ。
りくは、目をあけた。
顔を上げて、うしろに立っている先輩を見る。
「先輩、見つけました」
声が、少しうわずった。
「ここです。ここ、鳴ってます」
先輩のさくらいは、黙って、りくの手から棒を受け取った。
自分の耳にあてる。
目を、すうっと細める。
三秒。
たった三秒、聞いただけで、さくらいは、棒を耳から離した。
そして、静かに首をふった。
「それは、冷蔵庫だ」
「え」
「そこの角の食堂の、冷蔵庫の音だ」
さくらいは、路地の先を指さした。
暗がりの中に、閉まったお店の看板が、ぼんやり見えた。
「ふたに伝わってきているだけだ」
「冷蔵庫、ですか」
「ああ。夜は、ずっと動いているからな」
りくは、しばらく、固まっていた。
それから、ぽりぽりと、頭をかいた。
「また、やっちゃいました」
「うん」
「これで、何回目でしたっけ」
「数えていない。今夜は、まだ、はじまったばかりだ」
さくらいは、かすかに笑った。
りくは、棒を受け取って、立ちあがった。
夜の街の空気は、ひんやりしていた。
どこかで、遠く、車の走る音がする。
その音が消えると、あたりは、またしんとなる。
りくは、胸の中で、小さくつぶやいた。
音は、ある。
でも、どの音が、ほんとうの音なんだろう。
二 ふたりの道具
りくは、二十四歳になる。
ある市の水道の調査を請け負う会社に入って、二年目だ。
仕事は、道路の下を通る水道管から、水がもれていないかを調べること。
目では見えない。
だから、耳で聞く。
その日の夕方。
事務所の前で、さくらいは、りくの胸もとをじろりと見た。
「名札」
「あります」
「腕章」
「つけました」
「身分証」
「首から、さげてます」
「よし」