合理的、同時に多量の人間味
本文約1,400字 ・ 読了時間 約3分
あらすじ(AIが作成しました)
菊池寛の生活態度と芸術観、そしてその人となりを綴る。信念に従い合理的かつ人間味あふれる生き方を貫く姿勢を尊敬し、小説における大味な作風を肯定する。また、優れた分析的な頭脳と周囲への細やかな思いやり、そして家庭人としての良き一面について言及する。多岐多端な現代において、純一に近い生活を体現する作家としての菊池の在り方を描き出し、その境涯への羨望と敬意を表す。
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菊池は生き方が何時も徹底している。中途半端のところにこだわっていない。彼自身の正しいと思うところを、ぐん/\実行にうつして行く。その信念は合理的であると共に、必らず多量の人間味を含んでいる。そこを僕は尊敬している。僕なぞは芸術にかくれるという方だが、菊池は芸術に顕われる――と言っては、おかしいが、芸術は菊池の場合、彼の生活の一部に過ぎないかの観がある。一体芸術家には、トルストイのように、その人がどう人生を見ているかに興味のある人と、フローベールのように、その人がどう芸術を見ているかに興味のある人と二とおりあるらしい。菊池なぞは勿論、前者に属すべき芸術家で、その意味では人生のための芸術という主張に縁が近いようである。
菊池の小説も、菊池の生活態度のように、思切ってぐん/\書いてある。だから、細かい味なぞというものは乏しいかも知れない。そこが一部の世間には物足りないらしいが、それは不服を言う方が間違っている。菊池の小説は大味であっても、小説としてちゃんと出来上っている。細かい味以外に何もない作品よりどの位ましだか分らないと思う。
菊池はそういう勇敢な生き方をしている人間だが、思いやりも決して薄い方ではない。物質的に困っている人たちには、殊に同情が篤いようである。それはいくらも実例のあることだが公けにすべき事ではないから、こゝに挙げることは差し控える。それから、僕自身に関したことでいうと、仕事の上のことで、随分今迄に菊池に慰められたり、励まされたりしたことが多い。いや、口に出してそう言われるよりも、菊池のデリケートな思いやりを無言のうちに感じて、気強く思ったことが度々ある、だから、為事の上では勿論、実生活の問題でも度々菊池に相談したし、これからも相談しようと思っている。たゞ一つ、情事に関する相談だけは持込もうと思っていない。