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TORENDIA

彼 第二

本文約5,400字 ・ 読了時間 約11分

あらすじ(AIが作成しました)

若い愛蘭土人の友人と過ごした記憶を回想する物語。物語は二人の出会いから始まり、日本や上海の街を共に歩きながら文学や芸術、戦争、自身の将来について語り合う様子を描く。友人は英字新聞の記者として各地を転々としながら、常に何者かへの憧憬と現実への不満を抱え、自身の多面的なアイデンティティや歌声への誇りを語る。かつての夢の光景を反芻する「僕」の視点から、漂泊する友人の面影と、過ぎ去った日々の記憶が静かに綴られる。

芥川龍之介

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🎧 彼 第二 / 朗読音声: VOICEVOX:波音リツ

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一

彼は若い愛蘭土人だった。彼の名前などは言わずとも好い。僕はただ彼の友だちだった。彼の妹さんは僕のことを未だに My brother's best friend と書いたりしている。僕は彼と初対面の時、何か前にも彼の顔を見たことのあるような心もちがした。いや、彼の顔ばかりではない。その部屋のカミンに燃えている火も、火かげの映った桃花心木の椅子も、カミンの上のプラトオン全集も確かに見たことのあるような気がした。この気もちはまた彼と話しているうちにだんだん強まって来るばかりだった。僕はいつかこう云う光景は五六年前の夢の中にも見たことがあったと思うようになった。しかし勿論そんなことは一度も口に出したことはなかった。彼は敷島をふかしながら、当然僕等の間に起る愛蘭土の作家たちの話をしていた。

「I detest Bernard Shaw.」

僕は彼が傍若無人にこう言ったことを覚えている、それは二人とも数え年にすれば、二十五になった冬のことだった。……

二

僕等は金の工面をしてはカッフェやお茶屋へ出入した。彼は僕よりも三割がた雄の特性を具えていた。ある粉雪の烈しい夜、僕等はカッフェ・パウリスタの隅のテエブルに坐っていた。その頃のカッフェ・パウリスタは中央にグラノフォンが一台あり、白銅を一つ入れさえすれば音楽の聞かれる設備になっていた。その夜もグラノフォンは僕等の話にほとんど伴奏を絶ったことはなかった。

「ちょっとあの給仕に通訳してくれ給え。――誰でも五銭出す度に僕はきっと十銭出すから、グラノフォンの鳴るのをやめさせてくれって。」

「そんなことは頼まれないよ。第一他人の聞きたがっている音楽を銭ずくでやめさせるのは悪趣味じゃないか?」

「それじゃ他人の聞きたがらない音楽を金ずくで聞かせるのも悪趣味だよ。」

グラノフォンはちょうどこの時に仕合せとぱったり音を絶ってしまった。が、たちまち鳥打帽をかぶった、学生らしい男が一人、白銅を入れに立って行った。すると彼は腰を擡げるが早いか、ダム何とか言いながら、クルウェットスタンドを投げつけようとした。

「よせよ。そんな莫迦なことをするのは。」

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