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TORENDIA

奇遇

本文約6,000字 ・ 読了時間 約13分

あらすじ(AIが作成しました)

旅行を控えた小説家が編輯者に自身の執筆した小品を披露する。至順年間の金陵を舞台に、道楽から遠のき詩に傾倒する青年・王生と、彼が渭塘で出会った美しい娘との恋模様が語られる。しかし、それは周囲を欺くために考え出された芝居であった。物語は、男女の虚実混じり合う関係と、それを温かく見守る両親の視点を重ねながら、現実の小説家と編輯者のやりとりを交錯させて展開する。

芥川龍之介

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🎧 奇遇 / 朗読音声: VOICEVOX:もち子さん

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編輯者 支那へ旅行するそうですね。南ですか? 北ですか?

小説家 南から北へ周るつもりです。

編輯者 準備はもう出来たのですか?

小説家 大抵出来ました。ただ読む筈だった紀行や地誌なぞが、未だに読み切れないのに弱っています。

編輯者 (気がなさそうに)そんな本が何冊もあるのですか?

小説家 存外ありますよ。日本人が書いたのでは、七十八日遊記、支那文明記、支那漫遊記、支那仏教遺物、支那風俗、支那人気質、燕山楚水、蘇浙小観、北清見聞録、長江十年、観光紀游、征塵録、満洲、巴蜀、湖南、漢口、支那風韻記、支那――

編輯者 それをみんな読んだのですか?

小説家 何、まだ一冊も読まないのです。それから支那人が書いた本では、大清一統志、燕都遊覧志、長安客話、帝京――

編輯者 いや、もう本の名は沢山です。

小説家 まだ西洋人が書いた本は、一冊も云わなかったと思いますが、――

編輯者 西洋人の書いた支那の本なぞには、どうせ碌な物はないでしょう。それより小説は出発前に、きっと書いて貰えるでしょうね。

小説家 (急に悄気る)さあ、とにかくその前には、書き上げるつもりでいるのですが、――

編輯者 一体何時出発する予定ですか?

小説家 実は今日出発する予定なのです。

編輯者 (驚いたように)今日ですか?

小説家 ええ、五時の急行に乗る筈なのです。

編輯者 するともう出発前には、半時間しかないじゃありませんか?

小説家 まあそう云う勘定です。

編輯者 (腹を立てたように)では小説はどうなるのですか?

小説家 (いよいよ悄気る)僕もどうなるかと思っているのです。

編輯者 どうもそう無責任では困りますなあ。しかし何しろ半時間ばかりでは、急に書いても貰えないでしょうし、………

小説家 そうですね。ウェデキンドの芝居だと、この半時間ばかりの間にも、不遇の音楽家が飛びこんで来たり、どこかの奥さんが自殺したり、いろいろな事件が起るのですが、――御待ちなさいよ。事によると机の抽斗に、まだ何か発表しない原稿があるかも知れません。

編輯者 そうすると非常に好都合ですが――

小説家 (机の抽斗を探しながら)論文ではいけないでしょうね。

編輯者 何と云う論文ですか?

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