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TORENDIA

古千屋

本文約2,800字 ・ 読了時間 約6分

あらすじ(AIが作成しました)

樫井の戦いで討死した塙団右衛門直之の首を、徳川家康は二条城にて実検しようとする。本多正純は腐敗を理由に拒むが、家康は聞き入れない。一方、井伊直孝の陣屋では古千屋という召使の女が、直之の怨霊が乗り移ったかのように叫び始める。この狂乱を伝え聞いた家康は、改めて直之の首を実検する。後に直孝が古千屋の素性を探ると、彼女が直之のゆかりの者であることが判明する。家康は欺かれたと説く直孝を前に、自身の洞察を語り物語は展開する。

芥川龍之介

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🎧 古千屋 / 朗読音声: VOICEVOX:もち子さん

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一

樫井の戦いのあったのは元和元年四月二十九日だった。大阪勢の中でも名を知られた塙団右衛門直之、淡輪六郎兵衛重政等はいずれもこの戦いのために打ち死した。殊に塙団右衛門直之は金の御幣の指し物に十文字の槍をふりかざし、槍の柄の折れるまで戦った後、樫井の町の中に打ち死した。

四月三十日の未の刻、彼等の軍勢を打ち破った浅野但馬守長晟は大御所徳川家康に戦いの勝利を報じた上、直之の首を献上した。(家康は四月十七日以来、二条の城にとどまっていた。それは将軍秀忠の江戸から上洛するのを待った後、大阪の城をせめるためだった。)この使に立ったのは長晟の家来、関宗兵衛、寺川左馬助の二人だった。

家康は本多佐渡守正純に命じ、直之の首を実検しようとした。正純は次ぎの間に退いて静に首桶の蓋をとり、直之の首を内見した。それから蓋の上に卍を書き、さらにまた矢の根を伏せた後、こう家康に返事をした。

「直之の首は暑中の折から、頬たれ首になっております。従って臭気も甚だしゅうございますゆえ、御検分はいかがでございましょうか?」

しかし家康は承知しなかった。

「誰も死んだ上は変りはない。とにかくこれへ持って参るように。」

正純はまた次ぎの間へ退き、母布をかけた首桶を前にいつまでもじっと坐っていた。

「早うせぬか。」

家康は次ぎの間へ声をかけた。遠州横須賀の徒士のものだった塙団右衛門直之はいつか天下に名を知られた物師の一人に数えられていた。のみならず家康の妾お万の方も彼女の生んだ頼宣のために一時は彼に年ごとに二百両の金を合力していた。最後に直之は武芸のほかにも大竜和尚の会下に参じて一字不立の道を修めていた。家康のこういう直之の首を実検したいと思ったのも必ずしも偶然ではないのだった。……

しかし正純は返事をせずに、やはり次ぎの間に控えていた成瀬隼人正正成や土井大炊頭利勝へ問わず語りに話しかけた。

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