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TORENDIA

路上

本文約42,900字 ・ 読了時間 約86分

あらすじ(AIが作成しました)

大学の図書館で勉学に励む安田俊助は、知人の大井篤夫から同人雑誌の音楽会の切符を押し付けられる。その際、仏文学生の藤沢慧とも知り合う。後日、俊助は野村という友人の帰郷を見送る。その後、野村から届いた情緒的な手紙と、大井が雑誌に寄稿した愛を冷笑的に描く小説を読み比べた俊助は、対照的な二人の愛の在り方に直面し、自身の恋愛についても深い思索にふける。

芥川龍之介

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一

午砲を打つと同時に、ほとんど人影の見えなくなった大学の図書館は、三十分経つか経たない内に、もうどこの机を見ても、荒方は閲覧人で埋まってしまった。

机に向っているのは大抵大学生で、中には年輩の袴羽織や背広も、二三人は交っていたらしい。それが広い空間を規則正しく塞いだ向うには、壁に嵌めこんだ時計の下に、うす暗い書庫の入口が見えた。そうしてその入口の両側には、見上げるような大書棚が、何段となく古ぼけた背皮を並べて、まるで学問の守備でもしている砦のような感を与えていた。

が、それだけの人間が控えているのにも関らず、図書館の中はひっそりしていた。と云うよりもむしろそれだけの人間がいて、始めて感じられるような一種の沈黙が支配していた。書物の頁を飜す音、ペンを紙に走らせる音、それから稀に咳をする音――それらの音さえこの沈黙に圧迫されて、空気の波動がまだ天井まで伝わらない内に、そのまま途中で消えてしまうような心もちがした。

俊助はこう云う図書館の窓際の席に腰を下して、さっきから細かい活字の上に丹念な眼を曝していた。彼は色の浅黒い、体格のがっしりした青年だった。が、彼が文科の学生だと云う事は、制服の襟にあるLの字で、問うまでもなく明かだった。

彼の頭の上には高い窓があって、その窓の外には茂った椎の葉が、僅に空の色を透かせた。空は絶えず雲の翳に遮られて、春先の麗らかな日の光も、滅多にさしては来なかった。さしてもまた大抵は、風に戦いでいる椎の葉が、朦朧たる影を書物の上へ落すか落さない内に消えてしまった。その書物の上には、色鉛筆の赤い線が、何本も行の下に引いてあった。そうしてそれが時の移ると共に、次第に頁から頁へ移って行った。……

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