牛肉と馬鈴薯
本文約15,800字 ・ 読了時間 約32分
あらすじ(AIが作成しました)
冬の夜、東京の明治倶楽部に集まった男たちが、ウイスキーを酌み交わしながら人生観を語り合う。北海道炭鉱会社の社員である上村は、理想と実際の一致の困難さを「牛肉と馬鈴薯」という言葉で表現する。かつて清教徒的な理想を抱き、北海道移住を夢見て挫折した経験を持つ彼は、習慣的な偽りの人生を「平気な人」と定義する。議論の果てに、参加者たちは自らの生と死に対する真摯な驚きや問いが、結局は虚無的な道楽に過ぎないことを語り、笑い合う。
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明治倶楽部とて芝区桜田本郷町のお堀辺に西洋作の余り立派ではないが、それでも可なりの建物があった、建物は今でもある、しかし持主が代って、今では明治倶楽部その者はなくなって了った。
この倶楽部が未だ繁盛していた頃のことである、或年の冬の夜、珍らしくも二階の食堂に燈火が点いていて、時々高く笑う声が外面に漏れていた。元来この倶楽部は夜分人の集っていることは少ないので、ストーブの煙は平常も昼間ばかり立ちのぼっているのである。
然るに八時は先刻打っても人々は未だなかなか散じそうな様子も見えない。人力車が六台玄関の横に並んでいたが、車夫どもは皆な勝手の方で例の一六勝負最中らしい。
すると一人の男、外套の襟を立てて中折帽を面深に被ったのが、真暗な中からひょっくり現われて、いきなり手荒く呼鈴を押した。
内から戸が開くと、
「竹内君は来てお出ですかね」と低い声の沈重いた調子で訊ねた。
「ハア、お出で御座います、貴様は?」と片眼の細顔の、和服を着た受付が丁寧に言った。
「これを」と出した名刺には五号活字で岡本誠夫としてあるばかり、何の肩書もない。受付はそれを受取り急いで二階に上って去ったが間もなく降りて来て
「どうぞ此方へ」と案内した、導かれて二階へ上ると、煖炉を熾に燃いていたので、ムッとする程温かい。煖炉の前には三人、他の三人は少し離れて椅子に寄っている。傍の卓子にウイスキーの壜が上ていてこっぷの飲み干したるもあり、注いだままのもあり、人々は可い加減に酒が廻わっていたのである。
岡本の姿を見るや竹内は起って、元気よく
「まアこれへ掛け給え」と一の椅子をすすめた。
岡本は容易に坐に就かない。見廻すとその中の五人は兼て一面識位はある人であるが、一人、色の白い中肉の品の可い紳士は未だ見識らぬ人である。竹内はそれと気がつき、
「ウン貴様は未だこの方を御存知ないだろう、紹介しましょう、この方は上村君と言って北海道炭鉱会社の社員の方です、上村君、この方は僕の極く旧い朋友で岡本君……」
と未だ言い了らぬに上村と呼ばれし紳士は快活な調子で
「ヤ、初めて……お書きになった物は常に拝見していますので……今後御懇意に……」