階段
本文約15,500字 ・ 読了時間 約32分
あらすじ(AIが作成しました)
将来を嘱望された理学部の大学生が、統計調査の補助として信濃町駅の階段で下車客の観察を命じられる。その業務を通じ、脚への異常な執着に目覚めた主人公は、やがて国立科学研究所に勤務するようになる。ある日、研究所内で不審な出来事が相次ぎ、主人公は同僚の殺人事件に関わる嫌疑をかけられる。密かな歪んだ愛情を抱く女性タイピストとの関係を軸に、研究所に潜む闇と男女の数奇な運命が複雑に絡み合う様を描く。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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出来ることなら、綺麗に抹殺してしまいたい僕の人生だ。それを決行させては呉れない「彼奴」を呪う。「彼奴」は何処から飛んできて僕にたかったものなんだか、又はもともと僕の身体のうちに隠れていたものが、或る拍子に殻を破ってあらわれ出でたものなんだか判然しないのであるが、兎も角も「彼奴」にひきずられ、その淫猥らしい興奮を乗せて、命の続くかぎりは吾と吾が醜骸に鞭をふるわねばならないということは、なんと浅間しいことなのであろう。
嗚呼、いま思い出しても、いまいましいのは、「彼奴」が乗りうつったときの其のキッカケだ。あの時、あんなことに乗り出さなかったなら、今ごろは「キャナール線の量子論的研究」も纏めることができて、年歯僅か二十八歳の新理学博士になり、新聞や雑誌に眩しいほどの報道をされたことであろうし、それに引続いて、国立科学研究所の部長級にも栄進し、郊外に赤い屋根の洋館も建てられ、大学総長の愛嬢を是非に娶ってもらいたいということになり、凡ては小学校の修身教科書に出ているとおりの立身栄達の道を、写真にうつしたように正確にすすんで行ったことだろうと思う。たしかに、それまでの僕という人間は修身教科書の結晶のような男で、そうした栄冠を担う資格は充分あるものと他人からも謂われ、自分としても、強い自信をもっていたのであった。何が僕を一朝にして豹変せしめたか、そのキッカケは、大学三年のときに、省線電車「信濃町」駅の階段を守ったという一事件に発する。