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TORENDIA

軍用鮫

本文約7,700字 ・ 読了時間 約16分

あらすじ(AIが作成しました)

北緯百十三度の屏風岩で釣りをしていた楊博士のもとへ、中国軍政府の使者が訪れる。博士は政府の依頼を受け、敵船を撃沈する海戦兵器の考案を決意する。偶然手にした雑誌から着想を得た博士は、虎鮫を鋼鉄を溶かす唾液を分泌するよう訓練し、軍用鮫として作り替える。七千頭の軍用鮫を率いた博士は、湾内の軍船百七十隻をわずか短時間で撃沈する偉業を成し遂げるが、その船が自国の海軍であったことから軍政府より討伐隊を向けられることになる。

海野十三

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北緯百十三度一分、東経二十三度六分の地点において、楊博士はしずかに釣糸を垂れていた。

そこは嶮岨な屏風岩の上であった。

前には、エメラルドを溶かしこんだようなひろびろとした赤湾が、ゆるい曲線をなしてひらけ空は涯しもしらぬほど高く澄みわたり、おつながりの赤蜻蛉が三組四組五組と適当なる空間をすーいすーいと飛んでいるという、げに麗らかなる秋の午さがりであった。

楊博士の垂らしている糸は、べらぼうに長い。もちろんひどい近眼の博士に、はるけき水面を浮きつ沈みつしている浮標などが見えようはずがなかった。博士は、ただ釣糸の上を伝播してくるひそかなる弦振動に、博士自身の触覚感を預けていたのであった。

目の下二尺の鯛が釣れようと、三年の鱸が食いつこうと、あるいはまた間違って糸蚯蚓ほどの鮠(註に曰く、ハエをハヤというは俗称なり。形鮎に似て鮎に非なる白色の淡水魚なり)がひっかかろうと、あるいは全然なにも釣れなくとも、どっちでもよいのであった。釣を好むは糸を垂れて弦振動の発生をたのしむなり。いや弦振動の発生をたのしむに非ず、文王の声の波動を期待するのにあったろう。

楊博士は、近代の文王とは、誰のことであろうかなどと、つれづれのあまり考えてみることもあった。チャンカイシャという青年将校が文王になりたがっていたが、あれは今どうしているだろうかなどと、博士は若い頃の追憶にふけっていた。

「ああ楊博士、ここにおいででしたか」

と、突然博士は自分の名をよばれてびっくりした。

顔をあげてみると、そこには立派なる風采のトマトのように太った大人が、女の子のような従者を一人つれて立っていた。博士はその方をジロリと見ただけで、またすぐ沖合の灰色のジャンク船の片帆に視線はかえった。

「ああ楊博士、あなたをどんなにお探ししていたか分りません。周子の易に(北緯百十三度、東経二十三度附近にあり、水にちなみ、魚に縁あり、而して登るや屏風岩、いでては軍船を爆沈す)と出ましたが、ああなんたる神易でありましょうか」

「……」

博士は闃として、化石になりきっていた。

「もし楊博士、猛印からのお迎えでありますぞ」

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