デパートの絞刑吏
本文約11,200字 ・ 読了時間 約23分
あらすじ(AIが作成しました)
早朝、Rデパート裏の露地で店員の男性が死体となって発見される。現場には紛失していた貴金属の一部が落ちており、当初は他殺事件として捜査が進められる。元映画監督の青山喬介は、遺体の掌に残る擦過傷や絞殺痕を綿密に分析し、事件の背後にある意外な真相を推理する。本作は、デパートの屋上から浮かび上がった広告用気球が引き起こした予期せぬ惨劇と、その謎を論理的に解き明かすまでの過程を描く。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
💰 この本を応援する(投げ銭)
多分独逸物であったと思うが、或る映画の試写会で、青山喬介――と知り合いになってから、二カ月程後の事である。
早朝五時半。社からの電話を受けた私は、喬介と一緒にRデパートへ、その朝早く起こった飛降り自殺のニュースを取るために、フルスピードでタクシーを飛ばしていた。
喬介は私よりも三年も先輩で、かつては某映画会社の異彩ある監督として特異な地位を占めてはいたが、日本のファンの一般的な趣向と会社の営利主義とに迎合する事が出来ず、映画界を隠退して、一個の自由研究家として静かな生活を送っていた。勤勉で粘強な彼は、一面に於て、メスの如く鋭敏な感受性と豊富な想像力を以てしばしば私を驚かした。とは言え彼は又あらゆる科学の分野に亙って、周到な洞察力と異状に明晰な分析的智力を振い宏大な価値深い学識を貯えていた。
私は喬介とのこの交遊の当初に於てその驚くべき彼の学識を私の職業的な活動の上に利用しようとたくらんだ。が、日を経るにつれて私の野心は限りない驚嘆と敬慕の念に変って行った。そうして間もなく私は、本郷の下宿を引き払って彼の住んでいるアパートへ、しかも彼と隣合せの部屋へ移住してしまった。それ程この青山喬介と言う男は、私にとって犯し難い魅力を持っていたのである。
六時十分前に、私達はRデパートへ着いた。墜死の現場はこのデパートの裏に当る東北側の露地で、血痕の凝結したアスファルトの道路の上には、附近の店員や労働者や早朝の通行人が、建物の屋上を見上げたり、口々に喧ましく喋り合ったりしていた。