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TORENDIA

二十四年前

本文約3,100字 ・ 読了時間 約7分

あらすじ(AIが作成しました)

大学一年の夏、ヴァイオリンの独習に励んでいた著者は、かねてから敬慕していた音楽家ケーベルに手紙を書き、その面会を果たす。九円の楽器を笑い飛ばされた無邪気な交流の記憶や、蝉時雨が響く植物園裏での一幕を綴る。本書は、今では失われたかつての恩師の面影と、若き日の瑞々しい追憶を辿りながら、時を経てなお心に残るその人の存在を深く静かに惜しむ随筆である。

寺田寅彦

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🎧 二十四年前 / 朗読音声: VOICEVOX:もち子さん

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ちょうど今から二十四年前の夏休みに、ただ一度ケーベルさんに会って話をした記憶がある。ほんとうに夢のような記憶である。

それは私が大学の一年から二年に移るときの夏休みであった。その年の春から私は西片町に小さな家を借りてそこに自分の家庭というものを作った。それでいつもはきまって帰省する暑中休暇をその年はじめてどこへも行かずにずっと東京で暮らす事になった。長い休暇の所在なさを紛らす一つの仕事として私はヴァイオリンのひとり稽古をやっていた。その以前から持ってはいたが下宿住まいではとかく都合のよくないためにほとんど手に触れずにしまい込んであったのを取り出して鳴らしていたのである。もっともだれに教わるのでもなく全くの独習で、ただ教則本のようなものを相手にして、ともかくも音を出すまねをしていたに過ぎなかった。適当な教師があれば教わりたかったが、そういう方面に少しの縁故ももたなかったし、またあったにしてもめったな人からは教わりたくもなかった。それでやっぱりいろんな書物にかいてあるひき方を読んでは、ひとりでくふうしながら稽古していた。いつまでもろくな音は出なかったが、それでもそうする事自身に人知れぬ興味はあった。

適当な楽譜を得るためにはじめには銀座へんの大きな楽器店へ捜しに行ったが、そういう商店はなんとなくお役所のように気位が高いというのか横風だというのか、ともかくも自分には気が引けるようで不愉快であったから、おしまいには横浜のドーリングとかいう商会へ手紙で聞き合わしたり注文したりする事にしていた。これは全くの余談であるが、少なくもそのころ、私は音楽が好きであるにかかわらず、音楽に関係している人々からはよい印象を受けなかった。音楽家からも楽器屋の店員からも、また音楽好きの学生からも一つとしてよい印象を受けなかった。

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