一太と母
本文約10,400字 ・ 読了時間 約21分
あらすじ(AIが作成しました)
納豆や玉子を売って歩く少年・一太は、家計を支えるために幼いながらも懸命に働いている。売れない日には母親・ツメオから厳しい言葉を投げかけられ、日々の窮屈な生活に疲弊することもある。ある日、一太は訪れた先で餅のような菓子を焼いて食べるという新鮮な体験をし、好奇心や喜びを感じる。過酷な環境にありながら、商売を通じて見知らぬ大人たちと交流し、時に笑いをこぼす少年の姿を、母との関係性を軸に描く。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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一太は納豆を売って歩いた。一太は朝電車に乗って池の端あたりまで行った。芸者達が起きる時分で、一太が大きな声で、
「ナットナットー」
と呼んで歩くと、
「ちょいと、納豆やさん」
とよび止められた。格子の中から、赤い襟をかけ白粉をつけた一太より少し位大きい女の子が出て来る、そういうとき、その女の子も黙ってお金を出すし、一太も黙って納豆の藁づとと辛子を渡す、二人の子供に日がポカポカあたった。
家によって、大人の女が出て来た。
「おやこの納豆やさん、こないだの子だね」
などと云うことがあった。
「お前さん毎日廻って来るの」
「うん大抵」
「家どこ?」
「千住。大橋のあっち側」
「遠いんだねえ。歩いて来るの?」
「いいえ、電車にのって来る」
たまに、
「ちょっとまあ腰でもかけといき、くたびれちゃうわね、まだちっちゃいんだもの」
などと云われることもなくはなかった。そんなとき一太の竹籠にはたった二三本の納豆の藁づとと辛子壺が転っているばかりだ。家にいるのは女ばかりで、長火鉢の前で長煙管で煙草をふかしている一太の母位の女や、新聞を畳にひろげて、読みながら髪を梳いている若い女や、何だかごちゃごちゃして賑やかな部屋の様子を一太は珍しそうに見廻った。いろんなものの載っている神棚があり、そこに招き猫があった。
「ヤア、猫がいらあ」
と一太は叫んだ。そして、どこかませた口調で、
「あれ、拵えもんですね」
と云った。
「生きてるんだよ」
「嘘!」
「本当さ、今に鳴くから待っといで」
「本当? 本当に鳴くかい? あの猫――嘘だあい」
「ハハハハハ馬鹿だね」