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TORENDIA

田園雑感

本文約5,800字 ・ 読了時間 約12分

あらすじ(AIが作成しました)

都会と田舎の両方に住んだ経験を持つ著者が、双方の生活様式を比較する。田舎特有の濃厚な人間関係や干渉を避け、個人の仕事に没頭できる都会の冷淡さと静寂を好む一方で、自然の中に過去の思い出を見出し、郷愁を抱く。また、虫送りや盆踊り、村の儀式といった独自の習俗が文明化の流れで失われていく過程を綴り、祖先が遺した精神的な豊かさを再評価する必要性と、現代社会の不穏な現象との連関を論じる。

寺田寅彦

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🎧 田園雑感 / 朗読音声: VOICEVOX:波音リツ

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一

現代の多くの人間に都会と田舎とどちらが好きかという問いを出すのは、蛙に水と陸とどっちがいいかと聞くようなものかもしれない。

田舎だけしか知らない人には田舎はわからないし、都会から踏み出した事のない人には都会はわからない。都鄙両方に往来する人は両方を少しずつ知っている。その結果はどちらもわからない前の二者よりも悪いかもしれない。性格が分裂して徹底した没分暁漢になれなくなるから。それはとにかく、自分は今のところでは田舎よりも都会に生活する事を希望し、それを実行している。

田舎の生活を避けたい第一の理由は、田舎の人のあまりに親切な事である。人のする事を冷淡に見放しておいてくれない事である。たとえば雨のふる日に傘をささないで往来を歩きたいと思ったとしても、なかなかそうはさせてくれない。鼻の先に止まった蚊をそっとしておきたいと思っても、それは一通りの申し訳では許されない。

親切であるために人の一挙一動は断えず注意深い目で四方から監視されている。たとえば何月何日の何時ごろに、私がすすけた麦藁帽をかぶって、某の橋を渡ったというような事実が、私の知らない人の口から次第に伝わって、おしまいにはそれが私の耳にもはいるのである。個人の一挙一動は寒天のような濃厚な媒質を透して伝播するのである。

反応を要求しない親切ならば受けてもそれほど恐ろしくないが、田舎の人の質樸さと正直さはそのような投げやりな事は許容しない。それでこれらの人々から受けた親切は一々明細に記録しておいて、気長にそしてなしくずしにこれを償却しなければならないのである。

そこへ行くとさすがに都会の人の冷淡さと薄情さはサッパリしていて気持ちがいい。大雨の中を頭からぬれひたって銀座通りを歩いていてもだれもとがめる人もなければ、よけいな心配をする人もない。万一受けた親切の償却も簡易な方法で行なわれる。

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