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TORENDIA

俳句の型式とその進化

本文約3,600字 ・ 読了時間 約8分

あらすじ(AIが作成しました)

俳句の新型式の発生と進化を論じる。近代の俳句や短歌において、従来の定型を越える多様な形式が出現している。これらを文化的自然現象と捉え、進化論的な立場から解釈を試みる。外的な環境条件が突然変異を誘発し、それらが淘汰の過程を経て存続または死滅していくと仮定する。また、伝統的な十七字定型が今後も永続する可能性を示唆しつつ、詩形が将来どのように変化しうるかという考察を綴る。

寺田寅彦

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🎧 俳句の型式とその進化 / 朗読音声: VOICEVOX:玄野武宏

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三十年ほどの間すっかり俳句の世間から遠ざかって仮寝をしていた間に、いろいろな「新型式俳句」が発生しているのを、やっとこのごろ目をさましてはじめて気がついて驚いているところである。二十二字三字四字から二十五字六字というのがあるかと思うと三十四字五字というのもある。文字数においてすでに短歌の三十一文字を凌駕しているのであるが、一方ではまた短歌のほうでも負けていないで、五十文字ぐらいは普通だし六十字ぐらいまではたいして珍しくもないようである。

こういう新型式についていろいろ是非の議論もあるようである。そういう新型式を俳句とか短歌とかいう名前で呼んでよいか悪いかというような問題もあるが、それは元来議論にならない問題であって、議論をしても切りのない水掛け論に終わるほかはない。それと同様に、そういう形式の詩を作ってはいけないとか作ってもいいとかいうことも議論にならない事である。作りたい人はいくらでも勝手に作り、鑑賞したい人はいくらでも随意に鑑賞すればそれでよいわけであろうと思われる。

そういう議論のいかんにかかわらず新型式俳句というものが現に存在しており、それを主張する人と支持する人があるという事は否定することのできない事実である。科学者流の目で見れば、これも一つの文化的自然現象であって可否の議論を超越したものであるとも考えられる。むしろわれわれはこの現象がどうして発生したかを研究し、またその将来がどうなるであろうかということを考察した上で、これに対する各自の態度を決めるのが合理的ではないかと思われるのである。

それにはいろいろの研究が可能であるが、たとえば進化論的な立場からこの問題を考えてみるのも有益ではないかと思われる。

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