蒸発皿
本文約8,800字 ・ 読了時間 約18分
あらすじ(AIが作成しました)
東京の夜道で亀井戸への道を聞いた身なりの貧しい父子との出会いを機に、筆者はその素性や真意を巡って様々な空想を膨らませる。また、百貨店のエレベーターでの乗客の心理や、日常を貫く宇宙線が人間の自由意志や運命に及ぼす影響といった、科学的観点からの考察を綴る随筆集。身近な出来事から深淵な思考へと展開し、科学が不思議を殺すのではなく生み出すものであるという視座を提示する。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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一 亀井戸まで
久しぶりで上京した友人と東京会館で晩餐をとりながら愉快な一夕を過ごした。向こうの食卓には、どうやら見合いらしい老若男女の一団がいた。きょうは日がよいと見える。近ごろの見合いでは、たいてい婿殿のほうがかえって少しきまりが悪そうで、嫁様のほうが堂々としている。卓上の花瓶に生けた紫色のスウィートピーが美しく見えた。
会館前で友人と別れて、人通りの少ない仲通りを歩いていると、向こうから子供をおぶった男が来かかって、「ちょっと伺いますが亀井戸へはどう行ったらいいでしょう。……玉の井という所へ行くのですが」と言う。「それなら、あしこから電車に乗って車掌によく教えてもらったほうがいいでしょう、」というと「いや、歩いて行くのです」とせき込んだ口調で言うのである。「それはたいへんだが、……それならとにかく向こうの濠端を右へまっすぐに神田橋まで行って、そのへんでまたもう一ぺんよく聞いたほうがいいでしょう」と言って別れた。
かなり夜風が寒い晩だのに、男は羽織も着ず帽もなしで、いかにも身すぼらしいふうをしていた。三十格好と思われる病身そうな青白い顔に、あごひげをまばらにはやしているのが夜目にもわかった。そうしてその熱病患者に特有なような目つきが何かしら押え難い心の興奮を物語っているように見えた。男の背中には五六歳ぐらいの男の子が、さもくたびれ果てたような格好でぐったりとして眠っていた。雨も降らぬのに足駄をはいている、その足音が人通りのまれな舗道に高く寒そうに響いて行くのであった。
しばらく行き過ぎてから、あれは電車切符をやればよかったと気がついた。引っ返して追い駆けてやったら、とは思いながら自分の両足はやはり惰性的に歩行を続けて行った。