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TORENDIA

十二支考

本文約39,900字 ・ 読了時間 約80分

あらすじ(AIが作成しました)

十二支の亥にちなみ、イノシシに関する伝承や動物学的な知見、古今東西の文献を交えて考察する随筆。日本において家猪が絶え、野猪を指す呼称となった経緯を紐解き、蛇を食すという伝承をめぐる歌や、欧州の事例との関連を論じる。さらに、豚や猪の名称の起源や、美女の乳房にまつわる古典的な逸話などを多角的に引用し、多様な文化や歴史的背景から猪という存在を浮かび上がらせる。

南方熊楠

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十二月(大正十一年)初め博文館から「イノシシノゲンコハヤクオクレ」と電信あり、何の事か判らず左思右考するに、上総で蕨を念じ、奥州では野猪の歌を唱えて蝮蛇の害を防ぐとか。しかる上は野猪と蕨の縁なきにあらず。蜀山人の狂歌に「さ蕨が握り拳をふり上げて山の横つら春風ぞふく」、支那にも蕨の異名を『広東新語』に拳菜、『訓蒙字会』に拳頭菜など挙げいるから、これは一番野猪と蕨を題して句でも作れという事だろうと言うと、妻が横合からちょっとその電信を読みおわり、これはそんなむつかしい事でない。来年は亥の歳だから、例に依ってイノシシの話の原稿を早く纏めて送れという訳と解いたので、初めて気が付いてこの篇に取り掛かった。

今村鞆君の『朝鮮風俗集』二〇八頁に「亥は日本ではイノシシであるが、支那でも朝鮮でも猪の字は豕の事で、イノシシは山猪と書かねば通用しない。すなわち朝鮮では今年はブタの年である。ブタの年などというと余りありがたくないが、朝鮮ではブタには日本人よりよほど敬意を表して居る。この日(正月初めの亥の日)商売初めて市を開く云々」。漢土最古の字書といわるる『爾雅』に、豕の子は猪とあり。『本草綱目』にも豕の子を猪といい、豚といい、※[#「轂」の「車」に代えて「豬のへん」、U+8C70、282-3]というと出るから、豕和訓イ、俗名ブタの子が猪、和訓イノコだ。しかるに和漢とも後には老いたる豕も本は子であったから猪、イノコと唱えたので、家に畜う家猪に対して、野生の猪を野猪また山猪、和名クサイイキ、俗称イノシシという。外国と等しく本邦にも野猪を畜って家猪に仕上げたは、遺物上その証あり。また猪飼部の称や赤猪子てふ人名などありてこれを証す(明治三十九年版、中沢・八木二氏共著『日本考古学』三〇四頁)。されど家猪を飼う事早く絶え果てたから正にイと名づくるものがなくなり、専らイノシシすなわち野猪をイと呼び、野猪の子をイノコと心得るに至った。したがって近代普通に亥歳の獣は野猪と心得、さてこそ右様の電文も発せられたのだ。

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