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TORENDIA

元日

本文約1,500字 ・ 読了時間 約3分

あらすじ(AIが作成しました)

元日を祝う世間の風潮と、正月らしい記事を書かねばならない新聞の現状との乖離を綴る。執筆時点ではまだ正月前でありながら、無理に屠蘇の香を漂わせるような文章を書かなければならない、文学者としての創作上の苦心と不自然さを指摘する。さらに、新年を特別な日とみなす僻見を撤回し、吉凶が混在する平凡な一日として捉えるべきだと論じ、定型的な祝辞に終始する現状の滑稽さや、正月特有の書き物における困難を分析する。

夏目漱石

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元日を御目出たいものと極めたのは、一体何処の誰か知らないが、世間が夫れに雷同しているうちは新聞社が困る丈である。雑録でも短篇でも小説でも乃至は俳句漢詩和歌でも、苟くも元日の紙上にあらわれる以上は、いくら元日らしい顔をしたって、元日の作でないに極っている。尤も師走に想像を逞しくしてはならぬと申し渡された次第でないから、節季に正月らしい振をして何か書いて置けば、年内に餅を搗いといて、一夜明けるや否や雑煮として頬張る位のものには違ないが、御目出たい実景の乏しい今日、御目出たい想像などは容易に新聞社の頭に宿るものではない。それを無理に御目出たがろうとすると、所謂太倉の粟陳々相依るという頗る目出度ない現象に腐化して仕舞う。

諸君子は已を得ず年にちなんで、鶏の事を書いたり、犬の事を書いたりするが、これは寧ろ駄洒落を引き延ばした位のもので、要するに元日及び新年の実質とは痛痒相冒す所なき閑事業である。いくら初刷だって、そんな無駄話で十頁も二十頁も埋られた日には、元日の新聞は単に重量に於て各社ともに競争する訳になるんだから、其の出来不出来に対する具眼の審判者は、読者のうちでただ屑屋丈だろうと云われたって仕方がない。

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