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TORENDIA

矛盾の一形態としての諸文化組織

本文約2,700字 ・ 読了時間 約6分

あらすじ(AIが作成しました)

新日本文化の会や中央文化連盟、帝国芸術院といった文化組織の相次ぐ結成を背景に、明治以降の政府による文学統制と現実社会の矛盾を論じる。芸術院の設置や特定の作家への評価を巡る経緯から、支配的な文化政策と大衆の生活感情の間に横たわる乖離を指摘する。さらに、国家による文化の保護と芸術の自由という問題について、一部知識人の言説を検討し、現代の日本における文化の在り方と社会の現実的な矛盾について批評を綴る。

宮本百合子

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🎧 矛盾の一形態としての諸文化組織 / 朗読音声: VOICEVOX:春日部つむぎ

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佐藤春夫氏の提唱によって、文芸懇話会の解散後「新日本文化の会」が出来た。同時に文部省が五十万円の補助金を出して、文部・外務・民間思想文化連合の統一体として財団法人「中央文化連盟」が結成された。先頃、帝国芸術院が出来て、一般の関心をひいていることは云うまでもないことである。

明治以来、芸術、特に文学と時々の政府との間は決してうまく行って来なかった。明治四十四年に文部省が「文芸委員会」をこしらえたのは、日露戦争の後、日本の思想界文学界を風靡しはじめた自然主義思想に対して、封建的な習慣や馬琴風の勧善懲悪小説の存在を擁護しようとした結果であった。「文芸委員会」は美術展覧会の裸体画を撤回させ「モリエールの作品が孝行の本義に背くと云って、その全訳を発禁に処した。そして更に時の首相陶庵公が序文を附したゾラの一訳書が、西園寺内閣の内務大臣によって発禁されたこともあった」

当時「文芸委員会」の委員であった諸氏の内には、もとより混り気のない心持で、日本の美風良俗をいかがわしい自然主義の傾向から守ろうと思って参加していた人達もあったであろう。しかし今日歴史の大局から当時を顧みれば「文芸委員会」の客観的本質は、偽善なく現実社会の曝露を敢てしようとする十九世紀の思想に抗して、日本的な旧套を墨守しようとした政府の反動政策であったことは瞭然としている。ただ、その頃の文芸委員たちは、自身の社会意識の裡に政治性が幼稚であったために、政府の方針を主として道徳的な面の問題としてめいめいの感情へうけとっていたのであった。

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