本文へ移動
TORENDIA

青春

本文約7,800字 ・ 読了時間 約16分

あらすじ(AIが作成しました)

青春をめぐる自身の回想を綴る。若さだけが青春の根拠ではないとし、個人の生活や創造力の中に存在するその在り方について考察する。筆者は女学校時代の髪型を巡る周囲との葛藤や、校内の風紀に対する反発などを通じて、若い頃の独特な寂しさや鬱屈した感情を振り返る。さらに、弟の死という悲劇に直面した際の自身の心境や、最初の結婚生活において理想と現実の隔たりに苦悩し、砂丘で体を転がして遊んだ記憶などを辿り、生きることへの切実な思いを象徴的に描く。

宮本百合子

🎧 まだ音声版はありません

リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 11

青春の微妙なおもしろさは、その真只中にいるときは誰しもそれを、後で思い出のなかでまとめるような形ではっきり自覚しないまま、刻々を精一杯によろこび、悲しみながら生きてゆくところにあるのではないだろうか。人間の精神のなかで青春というものの在りようもまたおもしろく微妙で、あながち年の若さということにだけ、根をおいているのでもないらしいのも興味ふかいところだと思う。中年と呼ばれる時代のなかにはらまれている青春。老年のなかにも不思議に蔵されていて輝く青春。そういうものもあることがわかる。そして、そういう青春が生活力として或は創造力として意外につよいもので、人類のよろこびといい得るような仕事をした人々の生涯は、いつの時期も、それぞれの姿でしかも青春といい得るものを持ちつづけたように見える。若いというだけの青春で終るとすれば、それは悲しいものだと自分の身につけても思われるわけであろう。

いろいろなひとが、文学作品のなかで青春を描いているけれども、そういうものがいずれもその苦悩や不如意に苦しむ姿の若々しさという面で青春が語られているのは意味ふかく感じられる。漱石の何かの小説のなかに、青春というものは淋しいものだ、という文句があって心にのこっている。それは先生が若い学生に向っていう言葉だけれど、若い女のひとにとってもそれはあてはまる言葉ではないだろうか。女のひとの方が男よりそういう感情をぼんやりしか感じないのが普通かも知れないが、自分の十五六歳から後の心持を思い出すと、やっぱりそれを触れたところをもっていると思う。華やぎながら淋しがっている。淋しさのうちに華やぎが底流れているとでもいおうか。

宮本百合子の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本