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TORENDIA

若い婦人の著書二つ

本文約5,600字 ・ 読了時間 約12分

あらすじ(AIが作成しました)

大迫倫子の随筆『娘時代』と野沢富美子の小説集『煉瓦女工』を論じる。中流階級の洗練された娘の意識を描く前者は、自身の境遇への批判的な視点の欠如が読者に物足りなさを残す。一方、貧困と労働の現場で生きる二十歳の作者が綴る後者は、生々しい迫力を持つ。共に文学的才能を認められながらも、それぞれ異なる生活環境に安住し、社会的な広い視野を欠いている点を指摘し、著者が真の作家として成長することへの期待を綴る。

宮本百合子

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🎧 若い婦人の著書二つ / 朗読音声: VOICEVOX:もち子さん

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いま、私の机の上に二冊の本がのっている。一冊は大迫倫子さんの『娘時代』、もう一冊は野沢富美子さんの『煉瓦女工』。この二冊の本は、それぞれ近頃ひろく読まれている本だと思う。だが、同じ娘としての生活をかいていながらこれらの本は、何と大きいちがいをもっていることだろう。若い女のひとによって書かれた二つの本をよむ人々は、ここにある生活の世界のちがいに対してどんな感想を抱いただろうか。『娘時代』はそれとして面白く『煉瓦女工』もそれとして面白い。ただそれだけを感想として読み終った人もあるかもしれない。けれども、今日の同じ日本の社会のなかからこういう相違をもった本をかく若い娘さんたちが出て来ていて、しかも、まるで互のちがった世界のなりに生き、互を知らないようにその生活のなかからそれぞれの本を生み出しているところには、何か私たちを考えさせるものがある。娘さんたちの文才というひとくちのなかに二つのものを概括してしまうことのできないものが感じられた。

大迫さんには、よほど前、どこかの雑誌の記者として働いていられた時分にちょっとお会いしたことがあった覚えがある。ずっと会わずにいて、新聞の広告を見たときは、思わずハハンという微笑みを感じた。大迫さんも到頭こんな本を書いた。その気持には、あら大迫さんが? という意外さはなくて、どこかで漠然と予期されていたことが実現したような興味であった。つまり大迫さんという娘さんは、こまかい顔だちなどは忘れてしまっている私にさえ、本を書いたことがふさわしく思える一種の印象を残しているような人柄だったのだと思う。

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