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TORENDIA

絵本の春

本文約6,400字 ・ 読了時間 約13分

あらすじ(AIが作成しました)

荒果てた桃の組屋敷跡の裏小路で、小僧は「貸本」と書かれた不思議な木戸と出会う。夕暮れ時になると、死から蘇ったと噂される易者の小母さんが現れ、かつてその地であった忌まわしい伝説を語り聞かせる。小僧は恐怖と好奇心に駆られながらも、魔が魅したかのようなその場所に惹かれていく。後に起きた大洪水と、それに伴う奇妙な出来事が、語り手の記憶の中で現実と伝説の境界を曖昧にし、不思議な光景として浮かび上がる。

泉鏡花

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🎧 絵本の春 / 朗読音声: VOICEVOX:玄野武宏

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もとの邸町の、荒果てた土塀が今もそのままになっている。……雪が消えて、まだ間もない、乾いたばかりの――山国で――石のごつごつした狭い小路が、霞みながら一条煙のように、ぼっと黄昏れて行く。

弥生の末から、ちっとずつの遅速はあっても、花は一時に咲くので、その一ならびの塀の内に、桃、紅梅、椿も桜も、あるいは満開に、あるいは初々しい花に、色香を装っている。石垣の草には、蕗の薹も萌えていよう。特に桃の花を真先に挙げたのは、むかしこの一廓は桃の組といった組屋敷だった、と聞くからである。その樹の名木も、まだそっちこちに残っていて麗に咲いたのが……こう目に見えるようで、それがまたいかにも寂しい。

二条ばかりも重って、美しい婦の虐げられた――旧藩の頃にはどこでもあり来りだが――伝説があるからで。

通道というでもなし、花はこの近処に名所さえあるから、わざとこんな裏小路を捜るものはない。日中もほとんど人通りはない。妙齢の娘でも見えようものなら、白昼といえども、それは崩れた土塀から影を顕わしたと、人を驚かすであろう。

その癖、妙な事は、いま頃の日の暮方は、その名所の山へ、絡繹として、花見、遊山に出掛けるのが、この前通りの、優しい大川の小橋を渡って、ぞろぞろと帰って来る、男は膚脱ぎになって、手をぐたりとのめり、女が媚かしい友染の褄端折で、啣楊枝をした酔払まじりの、浮かれ浮かれた人数が、前後に揃って、この小路をぞろぞろ通るように思われる……まだその上に、小橋を渡る跫音が、左右の土塀へ、そこを蹈むように、とろとろと響いて、しかもそれが手に取るように聞こえるのである。

――このお話をすると、いまでも私は、まざまざとその景色が目に浮ぶ。――

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