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TORENDIA

読書

本文約2,600字 ・ 読了時間 約6分

あらすじ(AIが作成しました)

幼少期から書物を覗き見ることを好んできた著者が、独自の読書観を綴る。書物を通じて偉大な思想家の思考の骨組みを掴み、自身の思想と共鳴させることの重要性を説く。単に字句を追うのではなく、思想の淵源となった人物の考え方に触れ、その歴史的背景や意義を理解する姿勢を重視する。また、思想の行き詰まりを感じる時代においてこそ、過去に還って思考の可能性を再検討し、思索を深める意義について考察を収める。

西田幾多郎

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🎧 読書 / 朗読音声: VOICEVOX:雨晴はう

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私は或は人から沢山の書物を読むとでも思われているかも知れない。私はたしかに書物が好である。それは子供の時からの性僻であったように思う。極小さい頃、淋しくて恐いのだが、独りで土蔵の二階に上って、昔祖父が読んだという四箱か五箱ばかりの漢文の書物を見るのが好であった。無論それが分ろうはずはない。ただ大きな厳しい字の書物を披いて見て、その中に何だかえらいことが書いてあるように思われたのであった。それで私の読書というのは覗いて見るということかも知れない。そういう意味では、可なり多くの書物を覗いて見た、また今でも覗くといってよいかも知れない。本当に読んだという書物は極僅なものであろう。

それでも若い時には感激を以て読んだ本もあった。二十少し過ぎの頃、はじめてショーペンハウエルを読んで非常に動かされた。面白い本だと思った。しかし年を経るに従い、そういう本はなくなった。ニル・アドミラリというような気分になってしまった。私には或人の書物を丹念に読み、その人の考を丹念に研究しようという考が薄い。

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