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TORENDIA

売色鴨南蛮

本文約13,700字 ・ 読了時間 約28分

あらすじ(AIが作成しました)

五月雨が降る万世橋の待合所で、医学博士の秦宗吉は、緋縮緬の長襦袢を纏った病的な美しさを持つ女と出会う。宗吉は、その女が従弟の妻に似た丸髷の女らと同行していることに目を留める。実はその女は、巣鴨の病院へ送られる途中の狂女であった。自動車でないと移動を拒む女に翻弄され、宗吉は彼女たちを介抱しようと申し出る。やがて宗吉は、特定の女郎屋から連れ出されたその女の悲劇的な境遇に触れ、深い情愛と困惑の淵で翻弄されていく様子を描く。

泉鏡花

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一

はじめ、目に着いたのは――ちと申兼ねるが、――とにかく、緋縮緬であった。その燃立つようなのに、朱で処々ぼかしの入った長襦袢で。女は裙を端折っていたのではない。褄を高々と掲げて、膝で挟んだあたりから、紅がしっとり垂れて、白い足くびを絡ったが、どうやら濡しょびれた不気味さに、そうして引上げたものらしい。素足に染まって、その紅いのが映りそうなのに、藤色の緒の重い厚ぼったい駒下駄、泥まみれなのを、弱々と内輪に揃えて、股を一つ捩った姿で、降しきる雨の待合所の片隅に、腰を掛けていたのである。

日永の頃ゆえ、まだ暮かかるまでもないが、やがて五時も過ぎた。場所は院線電車の万世橋の停車場の、あの高い待合所であった。

柳はほんのりと萌え、花はふっくりと莟んだ、昨日今日、緑、紅、霞の紫、春のまさに闌ならんとする気を籠めて、色の濃く、力の強いほど、五月雨か何ぞのような雨の灰汁に包まれては、景色も人も、神田川の小舟さえ、皆黒い中に、紅梅とも、緋桃とも言うまい、横しぶきに、血の滴るごとき紅木瓜の、濡れつつぱっと咲いた風情は、見向うものの、面のほてるばかり目覚しい。……

この目覚しいのを見て、話の主人公となったのは、大学病院の内科に勤むる、学問と、手腕を世に知らるる、最近留学して帰朝した秦宗吉氏である。

辺幅を修めない、質素な人の、住居が芝の高輪にあるので、毎日病院へ通うのに、この院線を使って、お茶の水で下車して、あれから大学の所在地まで徒歩するのが習であったが、五日も七日もこう降り続くと、どこの道もまるで泥海のようであるから、勤人が大路の往還の、茶なり黒なり背広で靴は、まったく大袈裟だけれど、狸が土舟という体がある。

秦氏も御多分に漏れず――もっとも色が白くて鼻筋の通った処はむしろ兎の部に属してはいるが――歩行悩んで、今日は本郷どおりの電車を万世橋で下りて、例の、銅像を横に、大な煉瓦を潜って、高い石段を昇った。……これだと、ちょっと歩行いただけで甲武線は東京の大中央を突抜けて、一息に品川へ……

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