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TORENDIA

鷭狩

本文約10,600字 ・ 読了時間 約22分

あらすじ(AIが作成しました)

初冬の片山津の温泉宿で、一人旅の稲田雪次郎は、深夜に洗面所で出会った宿の女中・お澄に惹かれる。雪次郎は、同じ宿に滞在する名古屋の貸座敷の主人が銃猟目的でやってくることに憤りと嫉妬を抱く。雪次郎は自身の境遇を明かして彼女に救いを求め、お澄はそれに応えてある衝撃的な願いを提示する。異様な緊張感の中で、二人の関係は残酷な結びつきへと向かっていく。

泉鏡花

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一

初冬の夜更である。

片山津(加賀)の温泉宿、半月館弓野屋の二階――だけれど、広い階子段が途中で一段大きく蜿ってS形に昇るので三階ぐらいに高い――取着の扉を開けて、一人旅の、三十ばかりの客が、寝衣で薄ぼんやりと顕れた。

この、半ば西洋づくりの構は、日本間が二室で、四角な縁が、名にしおうここの名所、三湖の雄なる柴山潟を見晴しの露台の誂ゆえ、硝子戸と二重を隔ててはいるけれど、霜置く月の冷たさが、渺々たる水面から、自から沁徹る。……

いま偶と寝覚の枕を上げると、電燈は薄暗し、硝子戸を貫いて、障子にその水の影さえ映るばかりに見えたので、

「おお、寒い。」

頸から寒くなって起きて出た。が、寝ぬくもりの冷めないうち、早く厠へと思う急心に、向う見ずに扉を押した。

押して出ると、不意に凄い音で刎返した。ドーンと扉の閉るのが、広い旅館のがらんとした大天井から地の底まで、もっての外に響いたのである。

一つ、大きなもの音のしたあとは、目の前の階子段も深い穴のように見えて、白い灯も霜を敷いた状に床に寂しい。木目の節の、点々黒いのも鼠の足跡かと思われる。

まことに、この大旅館はがらんとしていた。――宵に受持の女中に聞くと、ひきつづき二十日余りの間団体観光の客が立てつけて毎日百人近く込合ったそうである。そこへ女中がやっと四人ぐらいだから、もし昨日にもおいでだと、どんなにお気の毒であったか知れない。すっかり潮のように引いたあとで、今日はまた不思議にお客が少く、此室に貴方と、離室の茶室をお好みで、御隠居様御夫婦のお泊りがあるばかり、よい処で、よい折から――と言った癖に……客が膳の上の猪口をちょっと控えて、それはお前さんたちさぞ疲れたろう、大掃除の後の骨休め、という処だ。ここは構わないで、湯にでも入ったら可かろうと、湯治の客には妙にそぐわない世辞を言うと、言に随いて、ではそうさして頂きます、後生ですわ、と膠もなく引退った。畳も急に暗くなって、客は胴震いをしたあとを呆気に取られた。

……思えば、それも便宜ない。……

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