狭い一側面
本文約2,300字 ・ 読了時間 約5分
あらすじ(AIが作成しました)
西片町の中央公論社で初めて瀧田哲太郎に出会った著者は、その強烈な個性と情熱を回想する。大正五年、執筆の道へ進むか問われた初対面から、ジャーナリストとして雑誌に傾ける凄まじい熱量、作家への厳しい姿勢、そして愛蔵品を前に芸術を論じる姿までを描く。利益追求を越えて純粋な芸術愛好の情熱を抱いた編輯者の仕事ぶりや、情実を排した峻厳な信念など、稀有な人物像の断片を綴る随筆である。
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私が、初めて瀧田哲太郎氏に会ったのは、西片町に在った元の中央公論社でであった。大正五年の五月下旬であったろうか、私は坪内先生からの紹介で二百枚ばかりの小説を持ち、瀧田氏に面会を求めて行ったのです。
留守かと思ったら、幸い社におられた。小さい木造洋館の石段から入った直ぐのところに在る応接室で待っていると、程なく二階から狭い階子を降りて一人の男の人が出て来た。体じゅうの線が丸く、頬っぺたがまるで赧い。着流しであった。紺足袋に草履ばきで近づき、少し改った表情で挨拶された。
「私が瀧田です」
言葉の響の中に、つよい北方の訛があった。その訛が、顔や体に現れる微細な動き、調子とひどく調和してい、一種性格的なものを感じさせる。――私は、この特徴に富んだ人をどう理解してよいのか分らなかった。赧い赧い頬、それと極めて鮮やかな対照をなしつつぽやぽやっと情熱的にほやついている漆黒な髪、特色ある早口、時々私を視る眼光の鋭さ。生活力の横溢が到るところに感じられた。同時に、単純でない何ものか――謂わば狷介というようなものをも一面感じられる。――
私は、自分からは、どう出てよいか分らず、瀧田氏から訊かれることだけを答えた。忘れたが、きっと、いつからものを書いているか、というようなことであったろう。原稿は置いて帰ることになった。どういうきっかけからだったか、瀧田氏はその時、
「あなたは、一生本当に文学をやって行く気ですか」
と訊いた。私は、その質問を寧ろ意外に感じた。勿論その積りなこと、そうでなかったら始めから来はしなかったろうという意味を答えたのを覚えている。