父の手帳
本文約6,300字 ・ 読了時間 約13分
あらすじ(AIが作成しました)
建築家である父の生涯と、その仕事や生活を記録し続けた手帳について綴る。几帳面な性格で、事務所の仕事を最優先にした父は、常に手帳を持ち歩き、会見の予定からスケッチ、日々の些細な事柄までを細かに書き留めていた。家族と囲む夕食の席で手帳を広げ、建築プランについて熱心に語る姿を通して、仕事への深い愛情や家族との親密な関係を描く。晩年に体調の異変を感じてからも、手帳に病状や入院の記録を記し続けた父の生涯を回顧する。
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父は建築家の中でも、書斎で勉強するたちの人でなく、人間の住む家を、様々なその必要の条件にしたがって、事務的に、家族的に、趣味的に建ててゆくという現実の進行を愛したたちでした。そういう気質はいかにも設計家にふさわしい特徴をもっていて、西洋の諺に弁護士と作家と建築家の妻にはなるな、とある、そういう几帳面さを、一面にもっていました。
仕事は事務所で、というのが終生の暮しかたでした。事務所では忙しがっているからというわけか、事務所の仕事に直接関係のある用事のかたが、夜や朝早く、日曜の朝など早く来られると、事務所の用事は事務所で伺うことにしていますからと、おことわり申しました。押しかえし、一寸でよかったらと云われても、譲歩しない。やはり何度でも事務所でと答え、後年は、そういう習慣が世間一般にも少なくなったので、早朝のお客様との押し問答が稀れになりました。
夕刻事務所から早く帰った日には、皆でテーブルを囲んで夕飯をたべ、後は談笑したり、音楽をきいたり、興に乗じると、昔ロンドンでアーヴィングが演ったハムレットの真似だと云って、芝居の真似をしたり、賑やかでした。喋っても、癇癪を起しても陽性でした。いつも活気があり、流動があり、些の感傷と常套もあって、父は親密な温い父でした。