女の学校
本文約2,800字 ・ 読了時間 約6分
あらすじ(AIが作成しました)
大正初頭の保守的な女学校で過ごした著者の少女時代と、教育のあり方を綴る随筆。個性を尊重しない画一的な校風や、当時の教員が求める理想の女性像に対する反発を描く。一方で、学校の構内風景や、図書館で出会った書物、教師との交流から得た精神的な成長を振り返る。後に通った日本女子大学やコロンビア大学での経験も交え、自身の学生生活や教育機関に対する率直な見解と記憶を辿る。
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女学校しか出ていない日本の女性に、「学生生活」の思い出というようなものがあるだろうか。女学校というところは、中学校とさえもちがって、いかにも只少女時代という大ざっぱな思い出の中にくり入れられてしまうような気がする。卒業してからの生活も、私たちの時代の娘たちはみんな夫々親の選択による結婚で、すっかり事情がちがってしまうから、友情さえも永くもち越される場合が少いように思える。まして、同級生の中で、いくらか違った生きかたをしたものは、まるで別ものになって、たとえば私は、自分の卒業した女学校の会友名簿からは除名になるという名誉をになっているらしい。らしい、というのは、はっきりそういう通知さえよこさないから。
こういう一事でもわかるように、大正初頭の女学校の気風は、本当に保守的であったし、個性の特色をよろこばなかった。私の卒業した官立の女学校は、所謂品のよい、出来のよい画一にはめこまれていて、個性のつよさを愛さなかったから、当時の女学生として、力量は無くはなかったのに、社会的に能力を示す人は非常に少い。あとになってからは、大分変化したが。一級の中でも、女の生徒同士の嫉妬や競争を刺戟しないように、ということが先で、専門学校への入学ということやその準備についてなど、教師は全く消極的であった。無事に女学校教育を終らせて、嫁入らせようとしている親の手にわたすのが、一貫した目的であったから、万事が事大主義で、髪の形まで、干渉した。ほんの何年か経ったあとには、すべての女学生はおかっぱとさえなったが、一般がそうなればその女学校の先生たちも決して驚いたり、叱ったりはしない。つまり自分として一定の見識があるわけでないから、「その時の事情」に盲従するばかりであった。私の場合は、受持の女教師がへつらいのある性格の人であったから、いろいろの点で反撥した。
女学生の時分を思い出して、心から懐しむのは、その女学校の構内の風景である。そして、そこの五年間に、最も私の心につよい影響をもったのも、つまりは、その独特な風景の味ではなかったろうか。