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TORENDIA

大震火災記

本文約11,200字 ・ 読了時間 約23分

あらすじ(AIが作成しました)

大正十二年九月一日、相模湾北上の海底を震源とする関東大地震が発生する。東京や横浜を中心に激しい揺れが襲い、建物が倒壊する中で市内各所から火災が次々と発生する。強風と水道設備の破壊が被害を拡大させ、商工業区域の大部分が灰燼に帰す。人命以外の損害は極めて甚大であり、政府による復興計画が進められる一方、諸外国から寄せられた多大な救援と支援に対して感謝を示し、今後は災害を教訓として国民が勤勉質実な生活習慣を確立すべきことを綴る。

鈴木三重吉

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一

大正十二年のおそろしい関東大地震の震源地は相模なだの大島の北上の海底で、そこのところが横巾最長三海里、たて十五海里の間、深さ二十ひろから百ひろまで、どかりと落ちこんだのがもとでした。

そのために東京、横浜、横須賀以下、東京湾の入口に近い千葉県の海岸、京浜間、相模の海岸、それから、伊豆の、相模なだに対面した海岸全たいから箱根地方へかけて、少くて四寸以上のゆれ巾、六寸の波動の大震動が来たのです。それが手引となって、東京、横浜、横須賀なぞでは、たちまち一面に火災がおこり、相模、伊豆の海岸が地震とともにつなみをかぶりなぞして、全部で、くずれたおれた家が五万六千、焼けたり流れたりしたのが三十七万八千、死者十一万四千、負傷者十一万五千を出し、損害総額百一億円と計上されています。

東京の市街だけでも、二里四方の面積にわたって四十一万の家々が灰になり、死者七万四千、ゆくえ不明二十一万、焼け出された人口が百四十万、損害八億一千五百万円に上っています。横浜、小田原なぞはほとんど全部があとかたもなく焼けほろびてしまいました。

これまで世界中で一ばんはげしかった地震火災は今から十五年前に、イタリヤのメッシーナという重要な港とその附近とで十四万人の市民を殺した大地震と、十七年前、サンフランシスコの震火で二十八町四方を焼いたのと、この二つですが、こんどの地震は、ゆれ方だけは以上二つの場合にくらべると、ずっとかるかったのですが、人命以外の損害のひどかった点では、まるでくらべもつかないほどの大災害だったのです。

この大きな被害も、つまり大部分が火災から来たわけで、ただ地震だけですんだのならば、東京での死人もわずか二、三千人ぐらい、家屋その他の損害も八、九十分の一ぐらいにとどまったろうということです。

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