香水紳士
本文約7,700字 ・ 読了時間 約16分
あらすじ(AIが作成しました)
休日を利用して叔母の家へ向かう少女クルミは、乗り合わせた不審な紳士の様子に恐怖を覚える。紳士が居眠りをする間に見た新聞記事から、彼が銀行強盗であると直感した彼女は、所持していた香水を相手に大量に浴びせる。駅に到着後、強い香りを漂わせる強盗は待ち伏せていた警察官らに発見される。事態の収拾に貢献したクルミに対し、銀行側は謝礼を申し出るが、彼女は素朴に香水とサンドウィッチを望む。
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一
品川の駅で、すぐ前の席へ、その無遠慮なお客さんが乗り込んで来ると、クルミさんは、すっかり元気をなくしてしまった。
「今日は、日本晴れですから、国府津の叔母さんのお家からは、富士さんがとてもよく見られますよ」
お母さんからそう聞かされて、喜び勇んでお家を出たときの元気はどこへやら、座席の片隅へ小さくなったまま、すっかり悄げかえって、窓越しに、うしろへ飛び去って行く郊外近い街の屋根々々を、ションボリ見詰めつづけるのだった。
東京駅発午前八時二十五分の、伊東行の普通列車である。
その列車の三等車の、片隅の座席に、クルミさんは固くなって座っているのだ。
日曜日で、客車の中には、新緑の箱根や伊豆へ出掛けるらしい人びとが、大勢乗っている。
しかしクルミさんは、箱根や伊豆へ出掛けるのではない。ずっと手前の、国府津の叔母さんのところへ行くのだった。
国府津の叔母さんのところには、従姉の信子さんがいる。信子さんは、クルミさんより五つ年上の二十一で、この月の末にお嫁入りするのである。クルミさんは、日曜日を利用して、娘時代の信子さんへの、お別れとお慶を兼ねて、叔母さんのお家へ出掛けるのだった。
網棚の上の風呂敷の中には、お母さんから托された、お祝いの品が包んである。昨日、お母さんと二人で、新宿へ出てととのえた品であった。が、その時、おなじ店で、お母さんに知れないように、自分だけのお祝いのつもりで、買い求めたもう一つの品物がある。
それは、クルミさんの制服のポケットの中に、こっそり忍ばせてあった。
可愛い真紅のリボンをかけた、小さな美しい細工の木箱にはいった香水だった。
「なにか、あたしだけのお祝いをあげたい‥‥」
と思い、
「なんにしようか知ら?」
と考えて、思いついた品だった。
「これ、あたしだけの、お祝い‥‥」
そういって、こっそり信子さんに渡すときの楽しみを、昨夜から胸に描いていたクルミさんである。
その香水の、可愛い木箱と一緒に、クルミさんのポケットの中には、チューインガムとキャラメルがはいっている。快い小旅行への、楽しい用意であるはいうまでもない。