山日記 その一
本文約2,400字 ・ 読了時間 約5分
あらすじ(AIが作成しました)
山間のコッテエヂで暮らす作者は、ある朝、部屋の庇に蛇の脱皮の跡を発見し動揺する。蛇が屋根裏に潜んでいた可能性に恐怖を感じ、仕事の計画も乱される。来訪した阿比留信と山住まいの体験を語り合う中で、リルケの「ドゥイノ悲歌」の詩句や芳賀檀による翻訳の話へと想いを馳せる。自身が抱く創作への向き合い方や、怠惰で無為な時間を経て仕事へと至る心理状態を、蛇の脱皮の兆しと重ね合わせながら静かに綴る。
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九月三日
ゆうべ二時頃、杉皮ばかりの天井裏で、何かごそごそと物音がするので、思はず目を覺ました。ちやうど僕の頭の眞上のへん。鼠だらう位に思つて、やがてもう音がしなくなつたので、又すぐ寢てしまつた。
朝、起きぬけにけふこそ一つ仕事をしてやらうと思つて、霧の中をすこし散歩をして歸つてくると、僕を迎へる女房たちの樣子がちよつとばかり變なので、どうかしたのかと訊いてもなかなか白状しない。何か僕のいやがる事があつたらしい。
が、とうとう白状した――けさ、僕が散歩に出た後で僕の部屋の雨戸をあけて見ると、庇から變な白いものがぶらさがつてゐる。よく見ると、二尺ばかりの蛇の拔け殼。――どうしてこんなものがこんなところにあるのだらうと不審なまま、僕が蛇の大嫌ひなのはみんな知つてゐるので、留守の間に片づけて置いて、僕には默つてゐようと申し合つたのださうだ。
僕はそれを訊いた途端に、もうすつかり忘れてゐた、ゆうべ天井裏でごそごそやつてゐた物音を思ひ出した。どうも鼠にしてはすこし大人しすぎると思つたが、ことによるとその蛇の奴がそのとき丁度僕の頭上で脱皮したのかも知れない。
僕達のコッテエヂのまはりは、何しろ谷の上だから、少しは蛇も出るだらうと覺悟はしてゐたが、夏ぢゆう一ぺんも見かけなかつたので好い工合だと思つてゐたら、夜なかに屋根裏へ這ひ込んでゐようとは本當に知らぬが佛。……
もうその蛇はとつくに出ていつたらうが、そこの窓枠に手をついて背伸びをして見ると、まだ庇の穴から氣味の惡い拔け殼の切れつぱしがひらひらとしてゐる。さつきいそいで引つ張つたら途中で切れてしまつた――それだけで二尺餘りも。あつたのださうだから、よほど大きな奴だつたのだらう。まだ殘つてゐるのは首の方の由。――
蛇の拔け殼を見るのは縁起が好いのださうだが、どうもそいつがぶらぶら下がつてゐる窓の下で、勉強をするのは閉口だから、勉強にいるやうなものはみんな廣間に移して、しばらくその一隅を假りの書齋にしつらへた。そんな事でうかうかしてゐるうちに、午前中、せつかく仕事をやらうと思つてゐた氣分がめちやくちやになつてしまつた。