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TORENDIA

好惡の論

本文約3,200字 ・ 読了時間 約7分

あらすじ(AIが作成しました)

森鴎外や夏目漱石ら近現代の作家、及び紫式部や西行といった古典の書き手について、その作品に滲む生活の価値や将来欲、人間生活への暗示を基準に論じる評論。著者は、自身の生活意識を隠そうとせず、人間の苦しみや情念を捨て身で描き切った作家を高く評価する一方で、名声や体面を優先する整頓された文学を批判する。真の文学的価値とは何かを問い、人間の普遍的な苦悩や生活の深みを捉えることの重要性を説く。

折口信夫

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🎧 好惡の論 / 朗読音声: VOICEVOX:青山龍星

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鴎外と逍遙と、どちらが嗜きで、どちらが嫌ひだ。かうした質問なら、わりに答へ易いのです。でも、稍老境を見かけた私どもの現在では、どちらのよい處も、嗜きになりきれない處も、見え過ぎて來ました。それでやつぱり、かうした簡單な討論の方へ加はれさうもありません。だからまして、廣く大海を探つて一粟をつまみあげろと言つた難題には、二の脚を踏まずには居られません。さあだれが嗜きで誰が嫌ひ。そんな印象も殘さない樣な讀み方で、作品を見續けて來た幾年の後、靜かにふりかへつて見ても、假作・實在の人物の性格や生活に、好惡を考へ分ける事が出來なくなつてゐます。今度、あなたの出題で、はじめて私どもの讀み方の、一面からは變であつた事に氣がつきました。家康を狸おやぢときめ、ざつくばらんな秀吉をひいきにする樣には、參りかねる樣になつて居た心境に心づきました。こんな言ひ方をするのも、甚だ人ずきのしないねつとりした人物の標本に、自分で据りこむ樣で氣がひけます。けれども、正直、氣どりなしに、あなたの閻魔帳の黒丸に値する「わかりません」を以て應ずる外はありません。

だが強ひて申さば、自分の生活を低く評價せられまいと言ふ意識を顯し過ぎた作品を殘した作者は、必後くちのわるい印象を與へる樣です。

文學上に問題になる生活の價値は、「將來欲」を表現する痛感性の強弱によつてきまるのだと思ひます。概念や主義にも望めず、哲學や標榜などからも出ては參りません。まして、唯紳士としての體面を崩さぬ樣、とり紊さぬ賢者として名聲に溺れて一生を終つた人などは、文學者としては、殊にいたましく感じられます。のみか、生活を態度とすべき文學や哲學を態度とした増上慢の樣な氣がして、いやになります。鴎外博士なども、こんな意味で、いやと言へさうな人です。あの方の作物の上の生活は、皆「將來欲」のないもので、現在の整頓の上に一歩も出て居ない、おひんはよいが、文學上の行儀手引きです。もつと血みどろになつた處が見えたら、我々の爲になり、將來せられるものがあつた事でせう。

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