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TORENDIA

崩浪亭主人

本文約9,500字 ・ 読了時間 約20分

あらすじ(AIが作成しました)

満洲からの引揚者・磯部隆吉は、十七歳の娘・妙子と二人、東京の池袋で「崩浪亭」という小さな酒場を営む。困窮の中、亡き妻の形見を娘が持ち帰り、それを元手に店を立て直した二人はつつましく暮らしていた。隆吉は友人の紹介で見合いを勧められるなど再婚を模索するが、妙子の将来や自身の孤独な境遇に複雑な思いを抱える。人生五十年の節目で、隆吉が自身の幸福と父としての責務の間で揺れ動く心情を描く物語。

林芙美子

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砂風の吹く、うそ寒い日である。ホームを驛員が水を撒いてゐる。硝子のない、待合室の外側の壁に凭れて、磯部隆吉はぼんやりと電車や汽車の出入りを眺めてゐた。

靴のさきが痛い。何だか冷たいものでも降つてきさうな空あひで、ホームの中央に吊りさがつてゐる電氣時計は、四時を一寸廻つて、四圍はもう昏さをたゞよはせて、如何にもあわたゞしい。若いうちは、中途半端な事に何の怖ろしさもなく、無性に自信を持つてゐたものだけれども、もう、五十の年をきいては、中途半端でゐる事は何よりも不安至極で、人間として少しも値打ちのないやうな空白を感じてくる。この懷つぶさに云ひがたしで、隆吉は、刻み煙草に火をつけながら、ぽつぽつ家へ戻らうかと思つた。

磯部隆吾が、滿洲から、妙子を連れて引揚げて來たのは、一ヶ月ほど前であつた。誰一人身寄りもない日本ではあつたけれども、戻つてみると、故郷はありがたい。古い袷に手をとほしたやうなぬくぬくとしたものを感じた。妻の糸子は甲州のかじかざはと云ふところの生れださうだけれども、これとても、子供の頃に東京へ出て來てゐたので、そのかじかざはと云ふところの名前が、どんな文字で書かれるのかも判らなかつた。

東京の病院で、看護婦をしてゐた糸子と二十五年前に結婚して、すぐ、滿洲に渡り、奉天を振り出しに、北滿の果てまで轉々と居を變へて終戰になつたのである。ハイラルでは四年ほど住んでゐた。驛近くで高級食料品店を開いてゐて、二十歳を頭に、三人の娘があつたのだけれども、女房と、中の娘は終戰と同時に肺患で亡くなり、長女は新京で行方知れずになり、末娘の妙子と二人で今日に到つた。妙子は十七歳で、日本の土地を一度もふんだ事のない娘であつた。

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